「昨夜はどちらに行かれてたんですか」


―知っているくせに何を今更。
元就はその問いには答えず、座っていた椅子ごとくるりと前田に背を向けて窓の外を見た。まだ一講が始まる前だと言うのに、空を覆った重たい雲が太陽の光を遮断していて薄暗かった。よほど風が強いのだろう、木々はうねり、窓ガラスはガタガタと鳴っている。
長曽我部はまだ夢の中らしい。


「例の件、どうなっている」
「…検討中です」
「いつまでかかる」
「何とも。全ては上の判断ですから」


無人島で暮らすサトラレとの接触要請に対し、いまだに返答はなかった。つまりサトラレを自覚したサトラレなのだが、その交渉は難しいと聞く。当然、自分がサトラレであると認識してしまえば恐慌状態に陥る事は必須だ。そもそもは症例1号の自殺により特能保全委員会が組織されたという経緯がある。現在そうして無人島で生活しているサトラレは一名いるとされているが、その詳細は明らかになっていない。世捨て人なら脳くらい提供すべきだと思うのは当然だ。今更守るものも何も無かろう、と吐き捨てるように呟くと、背後の空気が明らかに変わった。どうもこの男には無駄な感情が多すぎる。


「ところで、情報の開示は何処まで出来る」
「何かご不明な点でも」
「警備体制について詳しく知りたい。人員の配置、有事の際の対応等だ」
「申し訳ないが、以前説明した以上の事はたとえ貴方であっても教えられない決まりなので」
「では昨夜のあれは対応の不備であるという批判は受け入れるのか」


再び前田を正面に見据える。視線を足元に落としていた警備主任は、眉間に皺を刻んだまま少し逡巡してから口を開いた。


「…それについては、迅速な対応が出来たとは言えないと思ってます。すみませんでした」
「謝られる義理はない」


それが意外な反応だったことに元就は訝しんだが、ただ、どちらにせよ些細な事に変わりはなかった。


「まぁどちらでも良いのだが」


たとえサトラレであることが本人に知れたとしても構わない。機会を伺いながら、いつかあの脳を解剖出来ればそれでいいのだ。
その言葉にまた無様を晒すのではないかと思った前田は、しかしどこか心ここに在らずといった様子で立ち尽くしていた。授業開始のチャイムが鳴って慌てて退出するまでの数秒間、元就はそんな前田をじっと観察した。










#7.5 わだかまり

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