「ほらブスッとしなーい、せっかくのイケメンが台無しだぞ」


そう言って眉間の皺を人差し指で突くフランシスに、ギルベルトは力ない目線を向けた。けれど結局何も言わずに再び俯いてしまった。先程からずっとそんな調子の友人に、内心やれやれと思いながらフランシスは遠くの空を仰いだ。太陽が沈むにはまだ時間があるらしく、空はまだまだ明るい。屋上のいつものコンクリート壁に寄りかかって長い足を投げ出したフランシスの隣で、ギルベルトは何故か体育座りをしていた。気分は完全に落ちているらしい。
その理由に、フランシスは心当たりしかなかった。何しろ彼の不憫さは有名だ。今にも泣き出してしまいそうな程の何かがあったのだろうということは想像に難くない。それはつまり、彼の淡い恋心に何かしらの傷を負った、とかそういうことだろう。いやきっとそうに違いない。だから敢えて彼の身に何が起こったかなんて具体的なことは詮索せずにいた。他人の不幸は蜜の味と言うが、それは本当に好かない他人の場合に限られる。
吹奏楽部の演奏やサッカー部の掛け声などのいかにも放課後といった音の中に、大きな溜め息が追加された。


「…俺って本当にイケメンなのか」
「おいおい、大丈夫かマジでお前大丈夫かお前マジで」
「…うるせー」


こりゃ相当きてるなと苦笑したフランシスは、ふと思い出して制服の胸ポケットを探った。ここにくる途中にアルフレッドからせしめた棒付きキャンディがそこにあるはずだった。取り出したそれは手のひらに納まる程の小ささで濃いピンク色の包装フィルムに覆われており、そこにいくつものストロベリーが描かれている。丸い玉にぴったりとくっついたそれを手早く解き、拗ねて尖ったままのギルベルトの唇に押し当てた。ゴツッと音がして歯にぶつかったが、途端に開いた口の中に無理矢理突っ込んでそのまま置き去りにした。そうすると一瞬見せた素頓狂な顔はすぐさま突然の行為に対する不服を表した。


「なにふんらよ」
「物欲しげだったからさ、あげる」


相変わらずの表情でぶつぶつと文句を言いながらも口から出た棒を持ってくるくると回し始めたギルベルトの姿に、フランシスは気付かれないように小さく笑った。どうやら彼の沈んだ気持ちは順調にフランシスに対する不満にすりかわりつつあるらしい。


「…アントーニョは」
「子分ちゃんのとこ」
「…お前は、」
「お兄さんは皆の恋人」
「俺パス」
「何それ酷ーい俺泣いちゃうよ?」
「泣きたいのは俺だっつーの」


再び感傷に触れてしまったらしく、ギルベルトの棒を回す手は止まっていた。思わずその頭を撫でたが、馬鹿にされていると思ったようでそれもすぐに払われてしまった。けれど普段の俺様な言動とは大違いのそんな姿もフランシスは何だかんだ言って可愛いと思っている。今時こんな男も珍しい。とにかくからかいがいがあるのだ。
フランシスは棒を持ったままのギルベルトの手を掴み、それを口から引き出してから口付けをした。鼻腔と口内にふんわりと甘い香りが届き、それを掠め取るようにしてフランシスの唇が離れた。


「…何すんだよ」
「口寂しくてさ」
「俺アントーニョじゃねーから冗談になんねーぞ」
「大丈夫、俺お前抱けるもん」


飴を舐めればいいのにとギルベルトが言わなかったことがフランシスにとっては可笑しくて堪らなかった。どうやらそこまではまだ頭が働いていないらしい。


「…本当、お前嫌い…」


その反応に堪らず吹き出したフランシスは悪びれもせずに笑った。そこへ、重たいドアが開く音がして、アントーニョがいつもの笑顔で現れた。腹を抱えて笑っていたフランシスに、なに笑っとんのーと興味津々に近寄ってきた彼はギルベルトが手に持ったままになっていた飴を見つけて何故か目を輝かせた。


「ギルちゃんええもん持ってるやーん」
「…うるせーよ」
「あ、それ生憎一つしかないんだ」
「えー、そーなん」


フランシスの言葉に少しだけ残念そうな顔をしたアントーニョは、何かを思いついたらしくすぐに笑顔になった。それから自然な動きでギルベルトにキスをした。フランシスのそれよりも少し長く、深かった。手にしていた飴ではなく、彼もまた間接的にそれを味わってから唇を離した。そして何でもないようにギルベルトの隣に腰を下ろした。


「…何すんだよ」
「甘い匂いに誘われて」
「…お前ら大嫌い…」


とうとう膝を抱えて顔を隠してしまったギルベルトに、二人は顔を見合せて笑った。そして両側から彼に抱きつくと、その頭上でキスを交わした。すぐに頭を上げたギルベルトに殴られることも承知の上だ。遠くの空がにわかに赤く染まり始めていた。





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