もうこれで何度目かなんて覚えていない。その度にマリアナ海溝よりも深い後悔して、もう二度とこんな朝を迎えるまいと決意している。それなのに何故こうして繰り返されるのかなんて、それが分かっていたらとっくに善処している。そんな自分の「もう酒はやめる」という言葉は言葉だけで終わるのだと全世界に知れ渡っているような気がして、益々頭が痛くなる思いでイギリスは溜め息をついた。出来ることならタイムマシンを一日も早く開発して欲しいと真面目にそう思う。そうすれば数時間前の、酒に手を伸ばす自分を叱りに行くのに。自分に叱られたら、いくら欲に弱くなっているであろう馬鹿な自分だって改心するだろう。大体そんな役目を周りに頼むなんてもっての他だ。みっともなく頭を下げるのも、自己管理も出来ない奴だと笑われるのも、見上げる程に築き上げたこのプライドが許さない。しかしその結果またみっともない自分を晒してしまうのだから、何とも救いようがない。そんなどうしようもない考えばかりがまだ正常には働ききらないでいる頭でぐるぐると回っていた。それもこれもこの最悪な現状から逃げ出したいという思いが原因であるのは明白だった。
あぁ…とにもかくにも、


「死にてぇ…」
「介錯はいるかい?」
「……」


再び痛み出した頭を抱えながら、余裕の笑みを浮かべるアメリカを睨みつけた。数分前、イギリスが目を覚ましてから自分の置かれた状況を理解するのにあまり時間はかからなかった。だるい体を起こしたのはいつもとは違うベッドの上、そういえば昨日の会議の為にホスト国であるアメリカの地を訪れているはずだと思い出して納得した。けれどそこまで考えて、はたと嫌な気配を感じてしまった。
ゼンマイ仕掛けのおもちゃのようにぎこちなく首をそちらに向ければ、同じシーツの中、その顔にまだ幼ささえ残る男が裸で眠っていた。そして当然のことのように自分自身も裸である。すぐに嫌な汗が額に滲むのがわかった。
それからなんとか無理矢理にでも落ち着いて頭を回転させるように努めれば、だんだんと夢のように断片的に昨夜の記憶がよみがえってきた。いっそのことそれが夢ならどんなに良かったかと思う。だってそうだろう、酒に酔っていたとはいえ自分からこの男を床に誘うだなんて。


「今朝は随分と静かだね」
「…うるせぇ」


いやに機嫌の良いらしいアメリカは、恐らくイギリスが一人現状把握をして顔を青くしている間に目を覚ましていたのだろう。そして盛大に後悔中のその様を楽しみながら観察していたに違いない。片腕に頭を預けて楽しそうにこちらを見上げるアメリカを、一瞥してから覚悟を決めた。ともかく、今は昨夜の自分の醜態を聞くべきだろう。全くこれっぽっちも気は進まないが、この“男二人が裸でベッドイン”の状況に話が及ぶよりは随分とましなはずだ。そう思い込んで、口を開いた。


「…聞きたくはないが…俺、何した」
「そうだね、まずドイツに絡み出してー、日本に泣きながら愚痴り出してー、フランスとほぼ全裸同士でバトり出してー、それから…」
「あぁぁぁ!もう、もういい…」
「えー?これからが面白いところなのに」


耳をふさぎたくなるような自らの加害行為に全身から火が出る思いになりながら、出来ることならば昨夜の自分を気絶させるまでぶん殴りに行きたいと本気で思った。今回の会議日程はもう終了していたけれど、次に名前の上がった被害者達に顔を合わせるのが非常に気まずい。この際フランスは置いておいて、あの堅物と真面目な友人には詫びを入れなければならないだろう。そんな苦し紛れの思考を飛ばしながら、溜め息をついた。


「…最っ悪だ」


向けられる視線には気付かないふりを続けたけれど、思考まではなかなかそうはいかない。イギリスの頭は既に切り替わっていた。
たまに…そう、極たまにだ。こうやって酷く酒に酔った時、最終的に迷惑をかけ、頼るのはいつもアメリカだった。大体、フランスとは違う意味で自分大好きなこのアメリカが、だ。いくら自称ヒーローだとしても、だ。1ドルの利益にもならない、ましてや手に負えない程に酒癖の悪い元兄の世話焼きをするなんてこと、あり得ないはずなのだ。けれどいつも酷い二日酔いの朝にはアメリカが隣にいたり、いた形跡があったりする。それはつまり、イギリス自身が無意識に、あるいは酔った状態でも意識的にアメリカに依存し、頼っている証拠ではないか。現にこうして、この男を求めている。だったら、それに気付かれてしまったら。あぁ…それはとんでもなく、最悪だ。


「あれはさながら地獄絵図だったよ」
「…お前も、俺なんかほっとけばいいのに…」
「君は相変わらず話を逸らすのが下手だね」
「な…」
「後悔しているのかい?」
「そりゃ、するだろ…」
「それは…俺とのことも?」


どくん、と胸が跳ねた。
その一言に、再び思考が引き戻される。
イギリスはアメリカと、つまりこういう関係になって、それを不安に思ったり後ろめたいという気持ちに押し潰されそうになることなんかザラだった。だってそれは当然のことだ。アメリカに出会ってから、ずっと自分の弟として接してきたのだ。成長の早さに戸惑う内に、彼は自分の手元から離れていった。そして失って初めて、自分の中に弟へ向ける情とは違うそれが息づいていたことに気付いてしまった。その時、どれだけ自分を蔑んだことか。
けれど、こういう関係になってからは、それを後悔をしたことなんて一度もなかった。それは自負出来る。だって、たまらなく嬉しかったのだ。一度は要らないと突き放された自分を、また必要としてくれたことが。こんなにも素直じゃない自分のことを、兄としてではなく好きだと言ってくれたことが。そうしてまた、こいつの側にいることが許されたのだから。


「……なんで」


そんなことを聞く、とは続けられなかった。聞いてしまえば、また答えられないような質問を返されそうだったからだ。そうやってこの頭は心のままの言葉を制御しようとする。それは、プライドの為にか。それとも、怖いからだろうか。本当にどうしようもないな、と思った。
そのうちに、強くて真っ直ぐで眩しすぎるスカイブルーが揺れて、ふいと逸らされた。その反応に、あぁどうして…と自分勝手に落胆する。その瞳に見つめられたら全てを見透かされてしまいそうで、だけど本当に気付いて欲しいことは何一つ見抜いてはくれないのだ。その焦れったさが、自分達には拭えない。


「…どうせ、俺なんかまだガキだって思ってるんだろ?」


思いもしなかった言葉に驚きながらも、それは…確かに、と思った。
その図体はとっくにイギリスよりも大きく逞しく育っていたが、それでもイギリスにしてみればアメリカはまだまだ子どものようなものだった。わがままで自由奔放で無鉄砲で怖いもの知らずな、まるで大きな子どもだ。しかし思えば、アメリカの幼いと呼べるような時代は本当に一瞬で、青年と呼べるようになってからの時間の方が明らかに長かった。そして自分を好きだと言ったあの時の、初めて見るような表情も、その感情をこの男が取り違えていないと確信した時の歓喜も、きっと自分は一生忘れはしないだろう。どんなに嬉しかったか知れない。それはきっとこの男の想像も及ばないくらい、だと思う。


「…思ってねーよ」


腕に顔を埋めたアメリカの、その出会った頃から変わらない綺麗な色の髪を窓からの外光が透かしていた。ぴょこんと寝癖のついたそれに思わず顔が緩む。頑に顔をあげないアメリカのその髪に、手を差し入れてぐしゃりと撫でた。途端にぴくりとした反応が可愛い。どうやら伝え方がわからなくて戸惑うくらい、目の前の存在が自分にとっていかに大きいかを実感してしまったようだ。これなら、こんな朝も悪くないとさえ思えるくらいに。


「…ほら、やっぱりそうやって子ども扱いするじゃないか…」


子どものように拗ねたような声で文句を垂れながらながらもイギリスの愛撫を甘んじて受け入れるアメリカに、愛しさが止めどなく溢れた。それが出会ったあの頃とは違う胸の振動を生んでいることを、否定する方が無理だ。いつも馬鹿みたいに真っ直ぐなアメリカに、いい加減絆されてしまった。


「ばーか…大体こんなでかいガキがいてたまるか」


それがイギリスの精一杯の言葉だった。素直さも可愛げも全くと言ってないけれど、腕に隠した顔と覗く耳が赤いから、きっとアメリカは分かってくれたのだろう。普段の生意気な態度やでかい図体とのギャップに、たまらず笑顔になる。


「…君はおっさんのくせに体力はあるよね」
「殴るぞ」
「いっ…!って、もう殴ってるじゃないかこの元ヤン眉毛!」
「うるせぇ、さっさと起きろメタボ野郎!」


手に入れて、一度は失って。そうやって再び手に入れた関係が、今は一番心地良いと思えた。甘ったるい雰囲気なんか皆無だけれど、それでも胸の内は温かかった。
さてこれから紅茶でも入れて、午後にはアメリカを連れて街にでも出よう。昨夜の失敗などすっかり忘れて、イギリスは清々しい朝の空気を吸い込んだ。





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