視界いっぱいの青い空が遠くなった。こめかみに汗が流れ落ち、横たわる身体に草いきれが纏わり付く。目が眩むのは何も太陽のせいだけではない。
とんだ災難に見舞われたものだ。


「大丈夫かぁ?」
「普通の人間なら死んでるぞこれ」


嫌味たっぷりの台詞もスペインには案の定通じないらしく、でもなんや面白かったな!などと全く悪びれずに笑っている。それにやれやれと嘆息してから、フランスは閉じていても眩しい目を片腕で覆った。その間も今度はトマト無事やろうか…などと心配そうな呟きが耳に届く。確かにその大好きな野菜の身代わりになって崖を転がり落ちた当人としては無事であってくれなければやりきれないだろう。朝から収穫を手伝わされた上に足を滑らせて崖から落ちそうになったスペインに掴まれ道連れにされたフランスは、けれどそれもどうでもいいと呻いた。近くで鳥の囀りが聞こえる。今なら自分を馬鹿にしているのではないかという誰かさんの過剰な自意識さえ笑えないなと思った。


「なぁ、この傷は?」


唐突な問いに今度は何だと腕をずらしたフランスが声のした方を見やれば、どうやら落ちた際に服が大いに開けたらしく露になった身体を好奇に満ちた顔で覗き込むスペインの姿があった。指差す先にあるのは、臍の下辺りから右の腰骨へと走る古い傷痕だ。


「覚えてないよ」
「ほな、これは?」
「忘れた」


フランスの身体中には同じような傷痕は数え切れない程ある。それは国であれば誰しも似たり寄ったりだろう。しかしスペインは何が面白いのか次々に傷を指差していく。その度に同じやり取りを繰り返していたのだが、不意にそれが止まって、不審に思ったフランスが上の空を中断して再び視線をそこへやると、鎖骨の下辺りにある一つの刀傷に見入っているのが分かった。目立つ訳でも特徴がある訳でもなく、他と比べても見分けのつかない古傷だった。フランスは身を起こながらそれを隠すと妖しい笑みをスペインに向けた。


「これはお前が付けたヤツ」
「…消えへんの?」
「消えないね、永遠に」


見つめ合ったまま、沈黙が落ちた。次の瞬間スペインはフランスの目の前で、まるで陽射しに溶け込むように笑った。


「なに嬉しそうな顔してんだよ、馬鹿」


頭を小突かれて身体を傾げてもそれでもなお笑っていた。それからふと思いついたように自らも服を捲って見せた。


「俺にもあるで、お前に付けられたヤツ」


それはほぼ同じ位置にある古傷だった。フランスは思わずそこに手を触れていた。すっかり痕になってしまっているこれも同じようにこの身体から決して消えはしないだろう。


「あぁ…懐かしいな」
「覚えてんの?」
「いや、忘れた」


そう言うと、二人同時に噴き出した。笑いながらスペインがもたれるようにフランスの身体へと倒れ込み、そのままじゃれ合うようなキスを交わした。目が眩むのは太陽のせいだけではない。そうして再び仰向けに寝転がると乾いた風が頬を撫でていった。


「もう増えないことを祈ろうぜ」
「せやなぁ」


すぐに帰る道を探すこともせず、何を話すでもなく、二人はただ青いままの空を眺た。太陽は直に一番高くへと昇るだろう。




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