最初の感覚は冷たい、だった。
それがすぐに鈍い痛みに変わった。横たえた身体を支配しているその発信源も特定できそうにない。恐らく全身に負傷しているのだろう。そうと納得できる状況であるということを、意識を失う前の記憶が己に告げていた。
閉じた目蓋の向こう側に光は感じられない。今が夜なのか、または光も入らない場所にでも招待を受けたのか。その両方かも知れない。しかし、いずれにせよ大した障害ではない。寧ろその方が好都合だと考えてドイツはそっと目を開いた。
まずは置かれている状況を把握することが最優先だ。戦いに慣れた身体に刷り込まれた判断で、鈍い動きで首を回す。そこは物音ひとつしない暗闇だった。しかしいや、そうではないとすぐに悟る。無音なのは自分の耳が聞こえていないからだ。
けれど焦る必要はない。目と耳が正常に機能するまでに時間は然程かからないはずである。その間に出来ることをすれば良い。そうしてしばらく神経を集中させていると、ふと、それまで感じなかった気配を近くに感じた。
はっとしてそちらに視線を投げると、どうやら人の手や頭らしきものの形までもがぼんやりと浮かんで見えた。


「兄さん…?」


声は抑える必要もなく掠れていた。
その問い掛けに対し、ぴくりとも反応を示さないことに血の気が引いていく。しかしここからは手を伸ばして届く距離ではない。どうにか身体を動かして近くに行こうとしたドイツはそこで初めて自分の左足に枷が嵌められていることに気が付いた。じゃらり、と鉄の鎖が重く冷たい音をたててその存在を主張する。そのうえ右足はどうやら骨を折られているらしい。自分の顔が苦悶に歪むのを感じた、その時だった。


「いい判断だな」


傍らから響いた耳慣れた声に、ドイツの驚きはすぐさま安堵に変わった。緊張の糸も緩むと同時に、感情は高ぶりを抑えられなかった。


「兄さん…!」
「だが、甘い」


まるで何事もなかったかのような、普段通りの声音だった。けれどそれがただの強がりや負け惜しみ等でないことを、ドイツは知っていた。状況も痛みも忘れることが出来る心の支えや強さ、それらを具現化した姿こそが今は見えないけれど確かにすぐそこにいる兄―プロイセンなのだ。


「しかしまぁ派手にやられたなぁ」
「…兄さん」
「ご丁寧に骨まで折ってくれやがって」
「兄さん」


元気に悪態をつくプロイセンに対し、ドイツの喉から出るのは情けない声だけだった。それを自覚してもなお、名前を呼ぶという行為を止めることが出来なかった。


「なんだ…子どもに戻ったみてぇだな、ヴェスト」


暗闇の中でさえ兄の笑った顔を鮮明に浮かべることが出来る。けれど、こんなにも近くにいるのに相手に触れることが出来ない苦しさもまた、知っていた。


「また…いなくなるかと思った」
「…ばーか。もう何処にも行かねぇ…つーか行けねぇよ」


同じ血を引く兄と弟。けれど二人は兄弟以上の絆で繋がっている。その存在は弟であるドイツにとって果てしなく大きく、本当はすごく遠いものだ。決して不安が無くなることなどない。けれどそんな時、それでもこんなに強欲な自分に許しを与えるように、兄であるプロイセンはただ照れ臭そうにいつも同じ言葉を繰り返した。


「強いお前は俺の自慢なんだぜ?」
「…それはこちらの台詞だ」


そしてドイツもまた、それに同じ言葉を返す。声を潜めて笑い合ってから、二人はようやく今すべきことを思い出したように現状を確認した。


「こっちは右足に枷だな…粋なことしてくれやがる」
「だが甘い」


先程の台詞を真似てドイツがそう言うと、プロイセンはフンと鼻で笑ったようだった。現状たくさんの障害があったけれど、二人に悲観的な様子はなかった。寧ろこの状況を楽しんでいるような笑みさえ浮かべていた。


「さぁて…動けるか、ヴェスト」
「無論だ」
「じゃあそろそろ家に帰るとすっか」


夜の静寂を破る怒号が響き渡ったのは、それからすぐのことだった。




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