「…なにしてんの」
「水死体ごっこ?」


この男は本気で馬鹿なんじゃないだろうかと、フランシスは思った。
散々飲んで酔い潰れ、仕方なく近くのホテルに入ってトイレで吐いた後、シャワーを浴びに行ってなかなか出てこないので覗きに来てみれば、奴は水を張ったバスタブの中に浮かんでいた。まるでミレーのオフィーリアのように、幻想的な雰囲気さえ纏って。もしかすると泣いていたのかとも思ったが、その声が案外はっきりとしていたので、やはりただぼんやりとしていただけなのかもしれない。


「加減ってものを覚えたら?」


細いバスタブの縁に腰掛けてそんな人騒がせな男を溜め息混じりに非難すれば、眼下の裸体が水をばしゃばしゃと跳ねさせた。どうやら抗議のつもりらしい。顔にかかった水滴を無言で拭いながらも、男の顔色が随分と良くなっていることに気付いてフランシスは安堵した。一旦スイッチが入ると収集がつかなくなるこの酒癖の悪さは、彼が嫌う誰かさんによく似ている。


「お前に言われたないわアホー」
「だったら言われないようにしなさいよ」


確かにフランシスも酒癖が決して良い方ではないのだが、その自分よりも更に酷い奴が側にいると逆に冷静になって色々と世話する役回りになることが多かった。けれどそんな自分が嫌いではなかった。そして、この男―アントーニョがこうやって悪酔いする理由を、フランシスは知っていた。馬鹿な男だと思う。腕を伸ばして濡れた頭を撫でると、アントーニョはそっと瞳を閉じた。
可哀相な男。


「柄にもなく我慢なんかしてるからじゃないの」
「…あいつは子分やって言うとるやろ」
「何それ馬鹿みたい」
「人のこと言える立場かいな、柄にでもないんは自分の方やろ」
「…お兄さんのことはいいの」


やはり思考がはっきりしてきたのは間違いないらしい。再び現れたオリーブ色の瞳で真っ直ぐに見詰められ、思わず息を飲んだ。普段鈍感な男にこうして鋭く切り込まれることほど効くものは無い。無理をして笑ったことがばれてしまったのか、アントーニョは自分も苦しげに顔を歪め、宙を彷徨っていたフランシスの腕を掴んだ。長いこと水に浸かっていた手は、とても冷たかった。


「なんやねんほんまアホやなぁ…俺にすればええのに」
「…いや、俺お前のこと好きよ?」
「二番目に?」
「お前もそうだろ?」


そう言うと、浴室内に笑い声が響いた。ぽつぽつと涙のように落ちる天井の水滴には気付くことなくひとしきり笑った後、無防備に掴まれたままだった腕を強く引かれたフランシスは大きな水音を立ててバスタブの中に落ちた。それから非難する間も与えないように裸の身体に迫られると、フランシスもあっさりそれを放棄した。


「キスしたろか?」
「えーなに、まだ酔ってんの?」
「酔ってへんよ」
「なんかお前ってさ、いつも突然男前になっ…」


言い終わらないうちに口を塞がれた。冷たい唇と熱い舌を享受したフランシスはもう考えるのを止めた。求め合いと埋め合いの時間が二人の間で持たれるのはこれが初めてではなかった。今更これが良いとも悪いとも思わない。ただ、冷たかった体温が上昇して、一時的に色んなものを凌げる。それが二人にとって重要だった。


「馬鹿だねぇ」
「馬鹿やなぁ」


なぜなら、こうして笑い合えるのだから。それから二人は偽薬のようなセックスに沈んでいった。




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