「ねぇ、どうして僕を抱くの?」


少年は黄金色の柔らかな髪を揺らしながらからかうように、淡く色付いた頬を上げながら試すように笑う。ベッド上で波打つ高級なシルクよりも艶やかで滑らかな肌の価値を、彼自身知っているようだった。そしてそれを惜しむことなく質を投げた男の前へ晒している。
遅い朝だった。窓から差し込む柔らかな光の粒子を浴びながらベッドにぺたりと座り込んだ少年は、そのトルコ石にも似た色の瞳にきらきらと光を湛えながら、男を見詰めていた。そして今まさにベッド脇のテーブルに置いてあるカップに手を伸ばそうとしていた男の動きが、唐突な問いを受けて止まった。


「なんでぃ、いきなり」


振り返った半裸の男が予想通りの苦い顔をしてたことに満足した少年はくねっと身体を捩り、言葉遊びだよ、と言って笑った。少年は男が手に取ろうとしたその飲み物がとても甘いことを、よく知っていた。


「理由をくれたら、僕をあげる」
「お前さん、ちっとも自分の立場をわかっちゃいねぇみてぇだなぁ?」
「…無粋だなぁ」


再びカップへと手を伸ばそうとした男を溜め息混じりに非難すると、今度は少しむっとした表情が返ってきた。内心微笑んだ少年は尚もつまらなそうに赤い唇を尖らせ、シルクの下に隠れた男の足の形を確かめるように撫で始める。少しの沈黙の間、男は髭をなぞりながらそれを見ていた。何度も顔を上げたくなるのをじっと我慢して、少年は黙っていた。痺れを切らしたように男が少年の腕を掴んだのは、それからすぐの事だった。


「そんなもん欲しがるようじゃ、この先苦労するぜ?」
「…そう、あなたみたいに?」
「言うねぇ…ったく先が思いやられるな。ろくな大人にならねぇぞ」
「それ、あなたに言われたくないな」
「まぁ確かに…そりゃそうだ。それじゃお前は俺にみたいになるなよ、フランシス」


苦笑しながらその細腕を解放した男の大きな手は、美しい少年の髪を無遠慮に掻き回してから離れていった。その間、少年は男の困ったような表情から目を逸らすことが出来ないでいた。男はそれに気付かず、今度こそようやくカップを手にして喉を上下させている。少年は言葉に出来ない自らの心の動きに戸惑いながら、その様子を見詰めていた。
身体が、胸が、熱くて堪らない。
無意識に伸びた少年の手は、目の前の逞しい腕を掴んでいた。


「でも僕…あなたのこと嫌いじゃないよ、サディク」
「ほぅ…初耳だなぁそりゃ」


面白いものを見るような、それでいてたっぷりと色気を孕んだ視線が少年に注がれる。それに無防備なことに喜びを感じながら、少年は続けた。


「気持ちいいのは好きだし、よく見れば結構かっこいいしね」


髭面で親父くさいけど、と付け加えて少年が笑うと、それまで虚を突かれたような顔をしていた男も釣られたように破顔した。それから持っていたカップを置いてから、ゆっくりとした動作で目の前の壊れ物のような身体を抱き寄せた。そのどんな美しい宝石よりも高級で美しい少年の唇に、ありったけの愛を込めて男は口付けを与えた。


「お褒めに与り光栄です、お嬢様」


ちくちくとした甘い痛みを感じながら、こんなに甘いものとは知らなかったと、少年は思った。





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