「台無しだな」


ご自慢のいいスーツも、いい靴も、黙ってればいい顔も、全部台無し。
みっともない濡れ鼠と成り下がったイギリスを見下ろし、フランスはそう吐き捨てた。
雷こそ落ちはしないものの、外界から響く雨音は衰えることはなく、この陰鬱とした空間を演出するのを手伝っている。体を抱えるようにして座り込んだイギリスはもう数分間その状態で、無言のまま顔も上げようとしない。そろそろ溜まり積もった鬱憤が暴れだしそうになるのを押さえ込み、心の中で舌打ちをした。


「これも紳士の嗜みか?」


自分でも驚くくらい、冷めた声だった。実際、生きているのかさえわからなかったイギリスの体が僅かにびくりと反応した。それで嗜虐心が刺激されたが、しかしそれを鼻で笑うことさえこの男にはもったいないと思った。大体こんな陰気で傲慢な自虐趣味なんてものは、所詮はただの自己愛に過ぎないのだ。そもそも、全く美しくない。


「…俺はどうすればいい」
「とりあえずシャワーでも浴びたら」


人の家の玄関でずぶ濡れの醜態を現在進行形で晒している奴に、それ以外の何を言えというのだろうか。突然の訪問なんて今更驚きはしないが、それを優しく受け入れるなんてことも出来るわけがないのだ。
それでも頑なに動こうとしないイギリスに、今度はきちんと聞こえるように溜め息をついてからタオルを取りに行こうと背を向けたフランスの耳に、今にも消え入りそうな声が届いて、その足を止めさせた。


「…会う度にあいつらはどんどん大きくなって…きっとそのうち、俺を必要としなくなる」


だから今更なんだって言うんだ。
適当な距離を取らずに入れ込んだのは自分だろう。
今までだって変わらないものなどなかったじゃないか。
終わりが来ないものなどなかったじゃないか。
そんなこともとっくに知っているくせに、それを見ようとしなかったのは自分じゃないか。


「最初からわかっていたはずだ」


言いたいことは沢山あった。今なら簡単に泣かせる自信もあった。けれどフランスはそれを選ばなかった。その理由を考えることもしなかった。ただ、今は後ろを振り向くことが出来ない。それだけはわかっていた。


「…それでも、俺は…」
「どうしたいんだよ」


衝動で口にした言葉をすぐに後悔したけれど、もう遅かった。
大嫌いな雨音に耳を塞ぎたくても、時に肩を叩かれてたとしても、待ってはくれない。
何も、誰も。


「ずっと…一緒にいたかった」


もう何もかも遅いんだと、フランスは思った。





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