『やあ!気分はどうだい?』
「…最っ悪だな」


それは何よりだ!と言う快活な声が、まだ半分以上眠っていたイギリスの頭に突き刺さった。その不快感に眉間に皺を寄せつつ受話器を耳から離したが、それでも海の向こう側にいる奴の声は然程変わらない音量で聞こえてくる。仕方なくベッドに横になったまま、イギリスはその人をイラつかせるには効果抜群の笑い声を意識的に聞き流した。いつものアラーム音ではなく電話のベルで起こされたとしても、それが不快なことに変わりはない。まるでクリスマスの朝の子どものようにはしゃぐアメリカの次の言葉を待ちながら、それにしても向こうはまだ日付を跨いだばかりの深夜のはずだと思い至った。あと十数時間後には顔を合わせる予定なのに、わざわざ電話をかけてくる意図が単なる嫌がらせでないことを祈りながら、イギリスは深呼吸を静かに繰り返した。


『君からはかけにくいだろうから、こっちからかけてやったんだぞ!』
「お前本当にいい性格してるな…」
『あぁ!よく言われるよ!』
「褒めてねぇけどな」


いつもと変わらずこんな下らないやり取りが出来ることは、この日のイギリスにとっては有難いことだった。それにしても随分と楽な気がするのはこれが不意打ちでしかも電話越しだからだろうか。それともこれが"慣れ"なのか。そうだとしたら、それは自分にとって良いことなのだろうか。
それでも今にも両手で受話器を握り締めそうになるのを制することは必要だった。僅かに身じろぎをして窓の方へ視線を巡らせると、カーテンの裾からわずかに早朝の明かりが入り込んでいた。
もうこれで何度目の朝だろう。


『早いもんだな、時の流れってさ』


またも性質の悪い不意打ちだった。遊離しかけた思考を一気に吹き飛ばし、正体不明の動悸がイギリスを襲った。
アメリカの低い声は、体に悪い。
その先にどんな言葉が続こうとも、それが冗談などではないことは分かっているから。
イギリスは耳を塞ぎたくなるのを何とか堪え、代わりに両目を瞑って動揺を隠したつもりになった。


『なぁ、イギリス』
「…なんだよ」
『今でもたまに、忘れていた君の名残を見つけたりするんだ』


どくんと波打った心臓が、一瞬止まった気がした。無様過ぎる程の動揺を見られないことに救われながら、それでもやはりそれが最初の頃の痛みと違う気がしたのは、気のせいなのだろうか。


『でもどうしてだろうね…それほど悪い気分じゃないんだよ』


アメリカのその照れを隠したような穏やかな声音を聞いた時、イギリスは確信した。
やはり気のせいではない、と。
それからの沈黙は到底苦にならない時間だった。
記憶、感覚、感情。
優しい、柔らかい、幸福だ。
何も止めるものはなかった。
ふっと体から力が抜け、それを合図に涙が溢れていた。見られていないことをいいことに、次から次へと流れた。
それを悟られないように、けれど心から言った。
この自分でも正確に把握できない気持ちが、伝わればいいと思った。


「おめでとう、アメリカ」


タイミング良く鳴り出したアラーム音が、その日は祝福の音に聞こえた。




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