アンバランスだ。
それがその人に対する最初の印象だった。
立派な図体をしているくせに、どことなく幼さを残した喋り方をする。自然な口調にしても意識的なのものにしても、それは酷い違和感だった。
しかしいつからだったろう、それが独り言だと気付いたのは。


「暖かいなぁ、さぞガソリンを食うんだろうなぁ」


その乗客を運ぶのはこの夜が初めてのことではなかった。かと言って、これで何度目かなんて数えている訳でもない。右から左の客商売の中で記憶に留まる人間は少ないが、その正気と狂気の間を彷徨っているような印象は忘れることも難しかった。
冷え込み厳しい深夜、燃料代が馬鹿にならないが背に腹は変えられないと暖房をきかせた車内で、その言葉はフランシスの耳に重たく響いた。


「この辺りも随分変わっちゃったなぁ…一体どこだろうねぇ、ここは」


それが嬉しいのか、悲しいのか、その声音のみから読み取るのはひどく難しかったが、それはフランシスにしても肌で感じていることだった。
時が経てば、そこに存在するものは否応無く変わっていく。そこに人の手が加わろうとそうでなかろうと、人が居ようとなかろうと。良かれ悪かれ、多かれ少なかれ、人も物も風景も形を変えていく。
それがこの世に存在していることの証明だとでもいうように。


「誰が悪いのかな…誰も、悪くないのかな」


それでも、彼は目の前にいる人間を見ちゃいない。
何度かそうして数十分を同じ空間にいて分かったことは、それらはどうやら誰かの同意を求めた発言ではないのだということだった。それは彼の中で既に完結しているもの。同調を求めるでも、否定を受け入れるでもない。そんな一方通行の先には行き止まりしかないような言葉が宙に浮くばかりだった。誰かに向けられたようでいて、そうでない言葉。その真意はどこにあるのかなんていつも行方不明で、隠していたいのか、見つけて欲しいのかさえも分からない。
気がつくとそんなことをぼーっと考えてしまっている頭を振り、気を引き締めようとハンドルを握りなおしたところへ、でも…と、初めて耳にする語尾を引き摺るような声を聞いた。
ちらっとルームミラーを見たフランシスは、鏡越しに初めてその人の瞳に自分が映ったのを、見た。


「変わらないものが欲しいって思うのは、悪いことじゃないよね」


独り言のように呟かれた声に、フランシスは視線を前に戻しながら小さく頷いた。
雪の白さで幻想的に浮かび上がった窓の外の景色が、いつもよりゆるやかに流れていくのを感じた。




(Moscow/独り言の人)
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