こんな仕事をやっていると様々な種類の人間を目にする。
急いでいる人に疲れている人。機嫌がいい人、悪い人。お喋りな人、無口な人。
その中でも一番厄介なのが酔って眠ってしまうような奴で、特にそれが連れなしの場合だ。


「おーい、あんた大丈夫?」
「…んー…」
「……」


乗り込むと同時に行き先を告げたと思ったら、すぐさま倒れるようにしてシートに横になられた時は流石に焦ってしまった。しかしそれが眠っているだけだとわかって安心したのも束の間、今度は大丈夫だろうかと心配になった。濃いアルコールの匂いを漂わせ、白い肌を赤く染めて、どんな声にもまるで反応しないのだ。目的地まではあと十分とかからずに到着してしまうというのに。


「…そんな、嫌ある…!なんで我が…!」


ついさっきまでは確か「かわいいあるー」などと言いながら笑っていたはずだ。それが今度はどういう訳か怒り出してしまったようだ。バックミラーを覗いてみたが、そこにシートに寝転んだ人物が映るわけもなく。仕方なしにちらりと後ろを振り返ると、眉間に皺を寄せて何かにうなされている姿が目に入った。しかしどうすることも出来ず、フランシスは溜め息をつきながら視線を前に戻した。
ここまではっきりとした寝言やころころと変わる表情は面白い。顔はすっきり美人系で申し分ないというのに、普段から苦労が絶えないのだろうか。しかしそれが彼の魅力を損ねていないのも不思議だった。むしろ感情ひとつひとつに一生懸命な印象すら与える。
そういえば彼は一体幾つくらいなのだろうか。なかなか検討がつかない。それを特技と自負していただけに、今更ながらこの人物に興味が湧いた。


「…っ」


少しの間静かになったかと思っていたら、今度は急に湿った声が耳に届いてぎょっとした。ついに泣き出してしまったようだ。
それにしても笑ったり怒ったり泣いたり、寝ているとは思えない程忙しい人だ。こんなに情緒不安定で大丈夫なのだろうか。
一体何の夢を見ているのか。何がそんなに悲しいのか。言葉は無く、ただ、泣いている。
程なくして目的地に到着しても、その人はシートを濡らしながら寝息を立てていた。時折、言葉にならない声を漏らしては音もなく新しい滴を閉じたままの瞼から溢れさせて。


「月夜に落ちる美人の涙…か」


当分目を覚ましそうにない乗客のその静かな泣き声を聞きながら、フランシスは自分も倒した座席に深く沈み込んで目を閉じた。
それは目まぐるしく変わっていく街の片隅、エンジンが止まった車の中で。




(Beijing/忙しく眠る人)
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