十五歳──このくらいの歳になると学園の生徒誰しもに訪れる事がある。



今朝、まだ空も暗い時刻にそれを終えて帰ってきた金吾は、そのまま長屋の自分の部屋に引きこもっていた。顔を伏せて膝を抱えて、そうしなければ震え出しそうな体をおさえつけていた。怖かった。


「金吾ぉ…」
「……」
「ねぇ…」
「……」
「金吾ってばぁ…」


昨日の今と同じような時刻に金吾が学園を立ってから、喜三太は一睡もせずその帰りを待っていた。そして今もこうして彼の正面に座って話しかけ続けている。金吾が帰るまでの不安な気持ちが和らいで間もなく、今度は目の前のその様子に心が痛んでいた。再び呼び掛けようとした時、ようやく金吾が口を開いた。


「僕は…」


生まれて初めて人を殺めた夜が今、遠くで明けようとうとしていた。


「うん」
「っ、僕は…」


知らなかった。人からはあんなに血が溢れることを。弱さと迷いによる中途半端な刀傷ではなかなか死ねないことを。人間の本当の恐怖と絶望の目を。相手がどんな悪人であっても、自分にどんな正当性があろうとも、その行為の前では意味をなさない。そして自分はただの人殺しに成り下がるのだ。自分が自分でなくなるようなその場面が何度も頭の中で繰り返される。それはまるで、自らの罪を告発するかのように。


「…喜三太は平気なのかよ」


言葉は酷く弱々しく、掠れていてた。そう聞くのも、ほんの五日ほど前にこれを果たしていた喜三太はこんな自分のようにはならなかったからだ。努めてそうしているのは分かっていたが、殆んど普段と変わった様子もなかった。ただ帰ってきて一番に、何も言わず金吾に抱きついてきた以外は。そしてその時、自分は優しく抱き締め返すことしか出来なかったのだけれど。


「でも平気だよ」


その言葉に、ようやく顔をあげた。薄暗い室内にあって、はっきり捉えることのできた顔。いつもの気の抜けた口調と、ふにゃりと笑う喜三太を見れば、その言葉が嘘や冗談でないということくらい長い付き合いがあれば分かる。

「日本語、おかしい」
「んーとね、僕は金吾と一緒なら大丈夫だよ」
「…なんだよ、それ」
「僕は嬉しいんだ。無事に金吾が帰ってきてくれて」


はっとした。あの時、喜三太が大きな怪我もなく帰ってきた時、自分だってそう思ったはずだ。なのに、どうして今まで…忘れてた?気付かなかった?


「…僕は、」
「もっとわがままになっていいんじゃない?」
「わがまま…?」
「うん。自分のために、ね」
「……」
「…僕だってそう。ずっと金吾と一緒にいたいもん…」
「喜三太…」


いつの間に、お前はそんなに強くなったんだ。いや、いつも、いつだって僕よりお前は強かったよな。気付けなかったんだ。僕が恐れていたのは、もっと単純なこと。それはきっと、一緒だよな。ごめんな、喜三太。僕は弱いから、理由が欲しいんだと思う。


「お前は、すごく馬鹿だけど」
「はにゃ」
「すごく強いな。僕なんかよりずっとお前は強いよ」


その言葉に喜三太は微笑み、腕を手を広げてみせた。招かれるようにその腕の中に体を委ねる。そうやって優しく抱き締められながら、大きく息を吸った。僕は、生きている。


「喜三太の匂いと体温…安心する」
「金吾ってばやらしーぃ」
「ばっ…!何言ってんだよ!」
「うにゃー」


慌てて体を離したその胸に、今度は喜三太が飛び込む。そうすれば、金吾は何も言わずにゆっくりと体を包み返してくれる。その腕の中で、喜三太は思った。



ごめんね、金吾。僕が人を殺めた時、そいつが君を殺そうとしているんだって勝手に思いこんだんだ。そうしたら自分でも驚くぐらい冷徹になれた。ごめんね、僕は強くなんかないんだよ。君の存在がそうさせただけ。僕は単純に、人殺しよりも君を失うことの方が怖い。そんなただの弱虫だよ。でも弱くたっていい、君がいれば強くなれるから。僕たちは、それでいいんだと思う。だから君も、


「ねぇ、金吾」
「ん…?」


この先、僕たちはきっと変わっていくんだろうね。だって生きるにはきっとそれが必要だ。でも僕が生きて、死ねない理由はずっといつだって君だから。僕が帰る場所と君が帰る場所は同じだから。


「おかえり」
「あぁ…ただいま」















ずっと、ここだからね

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