薄暗い部屋で任務の報告を終えると、それまでじっと目を閉じたまま耳を傾けていた組頭の口から溜め息と共に吐き出されたのは、聞きたくなかった、の一言だった。


「そう仰られましても、仕事ですので」
「下らない理由だ」


今回の任務では若い戦力を主にし、結果としては成功だったがそれでもやはり、細々とした問題があったのは確かだ。組頭の珍しい反応に、報告をした高坂にとっても気が引ける思いだった。


「やはり陣内がいないと駄目だな」


はっとして顔を上げると、組頭の右目と目が合った。常にその顔は布や包帯に覆われているにも関わらずその下の表情は分かりやすいくらいで、別の任務で数日ここにいない小頭の名前を出したのは、本音もあるだろうが大方人の反応を試して面白がっているに違いないと思った。無防備にもそんな相手を喜ばせるような反応をしてしまった己に嫌悪しながら黙っていると、小さな笑い声が空気を揺らした。


「可愛いな、お前は」
「…恐れ入ります」
「そう怒るなよ。これでも褒めているんだから」


まさか怒ってなどいないが、素直に嬉しいはずもない。それこそこの人の思う壺ではないかとは思いながら、何も言えなかった。
その時、不意に部屋の隅に灯っていた火が消えた。すぐにその暗がりで布擦れの音がし、頭巾を外しているのだと理解した高坂は場を辞そうと頭を下げた。


「お前たちはそれを否定するかもしれないが、若さは武器だよ」


一瞬何を言われたのか分からなかった。そんなこちらには構わず、彼がいるであろう場所からは布擦れの音だけが聞こえてくる。高坂はゆっくりとそちらを伺いながら、ようやく言葉にした。


「それは…たとえ貴方の手を煩わせてもですか」
「そんな未熟も無知も無謀も含めてさ。まぁ、出来の悪い奴ほど可愛がりがいがあるな」
「それを聞いたら尊奈門が泣いて喜びますよ」
「だったら尚更言いたくないね」


後輩に悪いと思いながらも笑わずにはいられなかった。珍しく目の前の上司もまた、笑っていた。
それなのにどうして、と思う。
どうしてたまに、この人がどこか我々とは違うところに一人で立っているような気がするのだろう。
しかもそれは、とても寂しい場所のような気がする。
きっと今の自分には、教えて貰えないことも含めて、知らない部分が沢山あるのだろうと思った。そのもどかしさもまた、彼に言わせれば“若さ”なのかも知れないが、でも。


「組頭」
「なんだい」
「忘れないで下さい。私は…我々は、貴方の為なら喜んで死にに行きますよ」


言うだけ言って、高坂は音も立てずに姿を消した。残された言葉に少しの驚きとまた少しの掻痒感を味わって、雑渡は小さく声を立てて笑った。
なんとも頼もしい部下を持ったものだ。しかしどうしたことか、忠義を誓う相手を間違えている。
それでも彼らの年の頃の自分自身を見ているようでなんとも面白い。あの時自分が誓った想いと寸分も違わぬものが今度は自分に向けられているというのも不思議な気分だ。
でもまぁ、それも悪くない。
陣内が帰ったら、茶でも飲みながらゆっくり話をしよう。
身体を覆い隠していた布を解きながら、雑渡はそう思った。







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