「いつまでそうしてるつもりだ」


雨音に慣れてしまった耳に届いた声を辿って、八左ヱ門は視線を上げた。背をこちらに向けた三郎の顔は、見えなかった。そして今はもう夜着に覆われた"それ"も。


「…痛むだろ」


目に見えないが全身で感じる敵の殺気。多勢に無勢だった。あの時自分は一瞬、諦めさえしたのだ。それなのに、次の瞬間には目の前に自分を庇って血を流す三郎がいた。まるで狂った獣だった。絶対に自分から生を諦めない獣がそこにいた。それで目を覚まされたと同時に、大きな後悔が押し寄せた。
数刻前のその興奮と感覚が這い上がり、八左ヱ門は無意識に身体をぎりと緊張させた。


「問題ないと言ったはずだ。明日も早い、もう寝ろ」


あれだけの刀傷だ、問題ないはずがない。隠した心情を読んだ上で、それを断ち切るような声だった。それを自分のせいだと思うのは、この世界では傲慢に等しい。言外にそう断じているのだろう。
その小さくも見える背中から目を離すことは出来なかった。

「…俺のせいだと言えよ」


ようやく搾り出した声と同時に、その体に手を伸ばした。一息に距離をなくし、ゆっくりとその夜着に手をかける。抵抗する間も与えず、表れた白の包帯の上からそれを撫で、唇を寄せた。触れた肌はいつもより少しだけ冷たく、微かに血の匂いがした。
自分がつけた一生消えることのない傷がここに、確かにある。
言うことを聞かない心と頭はちぐはぐで、どうしようもなかった。
この男に対する罪を欲する自分は、一体どこまで醜いのだろう。
しかしそれを突き放すでもなく、けれど受け入れるでもなく、三郎はただ僅かに身じろぎしただけだった。


「誰のせいでもない」


それ以上何も言わなかった。そして八左ヱ門自身、それ以上何も言えなかった。
何も洗い流してはくれない雨だけが、静かに降り続けていた。















もしかするとそれを、私は望んでいたのかもしれない
この傷がこの先、そうやってお前を縛り続けることを


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