これはどうしたものだろうかと、自分の膝上に頭を預けて目を閉じた兵助を見下ろして八左ヱ門は静かに苦笑した。それに同調したかのようなタイミングで、チチチッと姿が見えない鳥が近くで鳴いた。
今は野外訓練の休憩時間で、本当はいけないのだが、集団から抜け出し、二人連れ立って近くの見晴らしの良い丘の上まで来ていた。兵助は学年でも優等生として有名だが、こうして小さな“悪さ”も平気な顔でするような奴だ。変わってはいるが、そんな彼の気取らず親しみやすいところが、雷蔵や三郎そして八左ヱ門は好きだった。
木陰から透かして見える太陽は一番高い位置にあって、頭上を覆う木の葉が濃い影を落としている。そこへ腰を下ろした八左ヱ門と横になった兵助の体を撫でるようにして温い風が通り過ぎていった。
しかし午後からもまたハードな実習がある為に満腹とまではいかないながらも昼食をとったばかりの体に、この長閑な時間はある意味毒だった。もう暫くしたら休憩も終わり、集合時間になる。それまでには戻らなければならない為、このまま二人して寝てしまう訳にはいかない。
ふと見下ろせば、艶やかな黒髪が風に遊ばれていた。八左ヱ門はそれを慈しむように優しい眼差しで見つめながら、きっと自分は何時間でもこうしていられるだろうなぁと思った。


「おーい本気で寝るなよー」
「うーん…もう少しだけ」


これは…本当にわかっているのだろうか。とろけたような声は今にもその意識を手放してしまいそうだ。しかし普段の彼からすれば、そんなことも他人の前では珍しい言動である。普段、先生や同級生の目に映る優等生としての久々知兵助は、今ここにはいない。そんな自分にだけ許された表情を一人占めしているのだと思うと、存分に甘やかしてやりたくなってしまう。そんな愛しさを胸に、風に絡む髪に触れようとした時だった。突如寝返りをうった兵助は、正面から八左ヱ門を見上げた。まだ眠たいのか、それとも日差しが眩しいのか、細められた瞳でも確実に捉える。それから、ふわりと微笑んだ。


「どうしてだろうな…安心する」


どくんと心の臓が甘く痛んで、ざわざわと風が草木を揺らして吹き抜けた。これを無意識に口にするのだから、天然というやつはとんでもなく恐ろしい生き物だと実感する。不意を突かれて何かを口にする前に、無意識な革命家は再び目蓋を閉じてしまった。それは八左ヱ門にとって、都合が良かった。


「…なぁ、兵助」
「なに」
「俺さぁ、お前のこと好きだ」


お前はきっと、気付いているだろうけれど。それは、甘えたいのは兵助だけじゃないんだという言外な我が儘であり、それから恐らくは、この世界に身を置く限り困難な想いだった。ゆっくりと再度現れた漆黒のような瞳は、それでも揺るぎなく。


「それは…わかって、言ってるのか」
「あぁ、わかってるよ」


そう言うと、観念したように小さく笑ってみせた。その存在の何もかもが愛しいなんて想いは、彼に出会って初めて知った。きっと最初で最後だと思う。口にはせず、そう思った。


「やっぱり、馬鹿だなぁ」


わざわざ面倒な道を選ぶことなんかないのにと笑う兵助に、それはお前も同じだろうと返す。
いつも自ら進んで困難な道ばかりを選択をする馬鹿な男。八左ヱ門をそう評したのは確か、三郎だっただろうか。


「一緒に馬鹿になってくれよ」
「…もう少しだけ膝を貸してくれたら、な」


安いもんだろ?
得意気に笑う兵助の鼻柱を指先で弾いて、鼓動や呼吸さえも感じとれそうな程に顔を近付ける。


「ちゅーするぞ」
「体固いくせに」


直ぐさまその口を塞いで、全身全霊の想いを誓った。
風が誘って舞うのは、なにか。
どこか近くで春の匂いがする。















幻想さえも、二人で見れば

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