当初の予定では5、6人が集まるはずだった。
金のない学生は一人暮らしの仲間の家に押しかけては安い酒を飲む。今日もそうやって八左ヱ門のアパートで大した名目もないまま集まって飲もうということになっていた。
ところが昨夜遅くから雪がちらつき始め、ついに今朝の街には数センチも積雪した。今年一番の寒気とやらが原因らしい。その後も深々と降り続け、そのちょっとした積雪は都会の交通を大いに乱しているというニュースも目にした。こんな天気では今日は誰も集まらないだろうとは思いながら、それでも昼過ぎに近くのスーパーで鍋の食材を買い出しに行ったのは暇を持て余していたからだ。寒さに身を竦めながら雪を踏む感触にささやかな喜びを味わって帰宅した途端、やはりと言うべきか、なんともタイミング悪くキャンセルの電話やメールが入り始めた。それまで外気に晒していた手は動かすのもやっとでなかなか上手く機能しない。小さな炬燵の電源を入れ、冷えきった手をあらかた解凍してから返信を打った。
こんな日に外に出るのは億劫だ。そんな考えは八左ヱ門も同じだった。


「それにしてもよく降るな」


最近ではこうして雪を見る機会も随分と減ったような気がする。幼い頃は最大の好奇の対象だったそれも、今では交通の心配や寒さへの懸念が先に立ってしまう。そんな変化が少し寂しいと、八左ヱ門は思った。
その雪は降ったり止んだりを繰り返し、いつの間にか日も沈んだ。街は一層暗くなり、気温も下がる。既に締め切ったカーテンは期待する程には冷気を遮断してはくれなかった。
それにしても、一人部屋で過ごす休日の時間というのはなかなか過ぎるのも遅く感じる。ただなんとなくテレビをつけていても、画面の向こう側に興味を惹かれるわけでもなかった。
ちょうど夕方のニュースが終わる頃、不意に呼び鈴がなった。逡巡しながら重い腰をあげてドアを開くと、そこには三郎が立っていた。その姿を目にして八左ヱ門は目を見開いた。息は白く顔は赤くして、肩や頭に白い雪を乗せている。その背後には暗くてもわかる、今なお細かな雪が舞い、世界を白く染めていた。寒くて死ぬかと思ったとぼやく三郎がドアを閉めてその景色も途切れた。その言葉には実感が篭っていて笑いそうになった。

「来ないかと思った」
「…まさか俺だけかよ」
「そう、俺とお前だけ」


来るんじゃなかったと舌打ちまでして顔を歪めてはいるが、これでいて三郎は妙に義理堅いところがある。そういう所が本当に面白いと八左ヱ門は思う。そうだ、何もわざわざ雪を被ってまで来ることないのに。けれどそんな事は口にしなかった。


「まぁいいや。これビール」
「おう、サンキュー」


ビニール袋を受け取って三郎を部屋に招き入れながら、やっぱり買い物に行っておいて良かったと思った。










これほどつまらなそうにテレビを見る人間もそう多くはないだろう。三郎は先程から黙ったまま無表情でテレビ画面に視線を向けている。傍からそう見えてはいるが、もしかすると実際はあれでも興味深々なのかも知れない。そんな風に人の内面を外面で理解しようとするのは難しい。それは三郎に限ったことではないが、八左ヱ門にとっては三郎ほど難しい人間に出会ったことがなかった。
そのテレビ画面に映し出されるドラマは所謂ラブストーリーだった。八左ヱ門もぼんやりとそれを見ながら、そう言えば三郎はかなりモテるのに何故か彼女を作らないなと思い至った。高校で出会った当初は来る者拒まず去るもの追わずという、同じ男からすれば憎たらしくも羨ましいタイプだったはずの三郎も、ここ数年は特定の相手はいないはずだ。いつ何に対してもかったるそうにしている彼が果たして何を考えているのかなんて付き合いが長くても掴めた試しはないが、今更ながらそのことに興味が傾いた。
鍋越しにその横顔を盗み見る。視力が悪いという理由だけではないような目つきの悪さがあっても、その輪郭は細く、嫌味かという程に整った顔立ちをしている。実際この男が街中を歩けば多くの異性が振り返る。そんなこともとっくに実証済みだった。けれど三郎自身、そのことを意識する節はまったくない。それよりも寧ろ知っていながら知らないフリをしている、と言った方がしっくりくる。


「なぁ、三郎はなんで彼女つくんねーの」


何気なく、聞いたつもりだった。明日は晴れるかな、とかそういったニュアンスで。だから三郎のその反応を、八左ヱ門は予想していなかった。
こちらを向いた三郎は微かに目を見開き、けれど明らかに虚をつかれたという顔をしていた。


「…別に」


珍しく曖昧にそう言って再びビール缶を傾けた三郎に、八左ヱ門は腑に落ちない思いだったが、それ以上の詮索は何故か憚れた。再び見つめた横顔からはやはり何も読み取れなかった。
こうして頭がはっきりしないのも身体が熱いのも飲みすぎたせいだろうと思いながら、手持ち無沙汰を紛らわすように残りのビールを煽った。それから今や心地好い冷気の元であるカーテンを閉め切った窓に視線を転じ、その向こうを思った。
もう雪は止んだだろうか。それともまだ音も無く、それは降り続けているのだろうか。


「…お前は、」


テレビ画面を見つめたまま、そう聞かれたのはそれから少ししてからだった。その言葉の意味を理解するのに数秒を要したが、先程の会話の続きだと悟った時は少なからず戸惑った。まさかそんなことを聞き返されるとは思っていなかった八左ヱ門は、ようやく言葉を選んだ。


「俺は…ほら、ダチと一緒に居たほうが楽しいし」
「…なんだよそれ。頭おかしいんじゃねーの?」
「ひでーなおい」


その言われように苦笑しながらも、素直なところを口にしただけに誤魔化しきれない気恥ずかしさを感じて少しだけ後悔をした。









「…おい」


誰かが呼んでいる。


「八左」



誰かが…あぁこれは、三郎だ。三郎が自分を呼んでいる。
そうだった、あれから炬燵に横になっているうちに寝てしまったのだ。今何時だろう。三郎は泊まっていくだろうか。はやく、目を開けないと。そう思った時だった。
乾いた唇に、何か柔らかいものが触れた。
ゆっくりと開いた目に映ったのはやはり三郎だった。
普段の彼からは想像も出来ないような表情と行動を目の当たりし、戸惑いよりも先に立つ感情があった。


「…起きてんのかよ」


勝手にキスをしていたくせに、それが気に食わないというような表情で離れようとする三郎の腕を掴んで引き止めた。


「なぁ、もう一回して」


時に体や口は思考やなにもかもを置いてけぼりにして動く。けれどそれはいつだって正しい素直な自分の気持ちなのかもしれない。そんな気がする。だったら、もうそれに任せてしまおう。そう思った。


「…頭おかしいぞ」
「正常だって」
「どこが…」


また素直でない文句を紡ぎそうな口を、今度は自分から塞いだ。すぐに沿う唇は、満たされる。何となく、もしかすると随分と見当違いの答えかもしれないが、それを見つけたような気がした。


「だけど狂いそうだ…」
「…じゃあそれ、見せろよ」


そう言っていつものように意地悪く笑った三郎を強引に引き寄せて奪った三度目のそれで、もう気付かずにはいられない熱に侵された。















掬い上げたのは、白く歪なかたちの感情

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