それは目の前に無防備に晒された首筋だったり、絡み付いた腕だったりと様々だ。最初は口付けをするようにやわやわと唇で食む。それから皮膚を解すように舌で舐め、たっぷりと味わってから甘噛みに変えていく。歯を立てながらその柔らかさに夢中になれば、次第に加減するのが焦れったく我慢出来なくなる。そうして最後に思い切り噛み付けば、それまで快楽に溺れていた顔が痛みに歪む。その瞬間が好きだった。悪癖と言われるそれはまるで吸血行為のようだが、目的は血ではない。そもそも目的なんかない。ただその行為が与える、全てを食らい尽くすような充足感。目眩を起こすような倒錯的な感覚。そんなものに、訳もなくただ興奮するだけだ。


「なぁ…美味いか…?」


荒い呼吸の合間にそう尋ねられ、思わず口端が上がった。その返事の代わりに、歯型のついたそこを吸い付くように舐めれば、八左ヱ門もまた、笑った。そうする間も休みなく与え続けられる快楽に、抗うことは出来ない。自分を抱く男の皮膚の感触や汗の味、そして匂い。その全てが、あらゆるところからこの体に入り込み、それが息が出来なくなる程の興奮を呼び起こす。それは名前の付けられない感覚。行為中に決して余裕がある訳ではない。けれど押し寄せる快楽に従順に、それを追い求めて夢中になればなるほど脳が理性的な働きの一切を止め、残った本能に従うしかなくなるのだ。まるで酒に酔ったかのように、自分が自分でなくなるようなその感覚は怖くもあり、堪らなく好きでもあった。絶えず生み出される圧倒的な欲に抗うのは無駄であると知っている。だからただ、この欲の赴くまま、


「…興奮する」
「……っ、」


途端、見上げた八左ヱ門によって急に体を反転させられた。ベッドにうつ伏せにさせられた体に後ろから覆い被さられる。と、同時に鋭い痛みが電流のように全身を駆け巡った。すぐに項に噛み付かれたのだと理解する。尖った犬歯が死角である急所に突き立てられ、ゆっくりと沈んでいく。そんな八左ヱ門の独占欲からきているのであろうマーキング紛いの行為は、自分の悪癖とは全く種類が違う。以前、いつものように噛み痕をつけたところを撫でながら、いつかお前に食われてしまいそうだと笑った八左ヱ門を思い出して、可笑しくなった。よっぽどこちらの方がこの獣のような男に、食われてしまいそうだ。


「っ、おい…本当に食うなよ」
「…あぁ、なんとか…」


そんな切羽詰まったような声にさえ、ぞくりとした。背中を這い上がるようなそれを隠すようにシーツに顔を埋めながら、痛みの伴う快感に耐えた。八左ヱ門が好きなこの体位はまさに動物的、だ。何も自分を服従させたい訳ではないだろうが、本能でそれを好んでいる。不意にべろりと先程噛み付かれた場所を舐められ、堪らずに矯声を漏らすと、くすりと笑う気配がした。それが悔しくて、目の前の自分のものでない腕に口を寄せてその筋肉に噛みついた。そこからゆっくりと舌で這っていき、辿り着いた中指を先から夢中でしゃぶる。これではまるで赤ん坊だ、と頭の隅で思った。けれどもう、とまらない。こんな真似が出来ることに、もし理由があるのなら…。あぁ、もしもこれが…八左ヱ門に対して素直でない自分の無意識の“甘え”だとしたら…とそこまで考えて、居たたまれなくなった。そんな頭に、お前さぁ…と呆れや羞恥など様々を含んだような低い声が響いた。


「なんだ」
「…エロすぎんだよ」
「嫌いじゃないくせに」
「……口塞ぐぞ」
「殺す気かよ」


だけど、それもいいと思った。
世界から隔離されたような空間で、飽きもせずに抱き合う動物的な二人。けれど、俺の世界はどうやらここにあるようだ。溺れているつもりはない。ただ、自分の輪郭も熱も感覚も、何もかも曖昧になって頭がぶっ飛ぶ程の時間が堪らなく好きなのだ。互いに容赦なく奪い合ったり、噛み付き合ったりしながら、同時にそれは分け与え合う瞬間でもある。それが、言葉にしなくとも互いに必要であるとわかり合える。人に何かを求められることが嫌いな自分が、だから人に何も求めないでいた自分が自ら、この男には望んでしまったのだ。だから、


「…もっと、」


鋭い痛みを、絶え間なく感じたい。何もかもわからなくなる程に狂わせて、壊して、汚して。そしてまた、掬い上げて欲しい。それから先は、もうどうなろうと知ったこっちゃない。


「…お前、俺を殺す気だろ…」


苦しい体勢で交わした荒々しい口付けは、脳の働きを完全に奪っていった。












決して一つにはなれないから

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