一日の授業も終わり日暮れも迫った夕刻、火薬委員である友人に明日朝一番の授業で使う火薬を貰うため焔硝蔵を訪ねた三郎は、そこにいた人物を見るなり大きな溜め息をついた。アテが外れた上に見たくない顔まで見てしまったことに運の無さを感じずにはいられなかった。ここにいない兵助を呪いそうになった位には、軽く。けれどそんな嫌悪感丸出しの失礼極まりない態度の三郎を、一方のタカ丸は面白いとでも言わんばかりの笑顔で迎えた。


「いらっしゃい、鉢屋くん」
「…どーも」


誰彼構わず無防備とも言えるその笑顔を向けるこの男のことが、三郎は嫌いだった。最近になって入学した元髪結いだとか、自分より一つ年上だが自分より下級生だとか。何よりその馴れ馴れしい態度とわざとらしい馬鹿みたいな笑顔には嫌悪すら感じた。とにかく、そのどれもが癇に障る。人の好き嫌いというものが明瞭である三郎にとって、一度決まった印象は決して変わることはない。何をされた訳でもないけれど、その印象は最初から最悪だった。理由なんて特にない。ただ、嫌い。それがこの男に対する全てだった。


「…兵助いないなら出直すんで」
「もうすぐここに来ると思うけど?」


その言葉に小さく舌打ちをして頭を掻いた。本当は今すぐにでもこの顔を見なくてすむ場所に行きたいところだったが、出直すのも面倒なので渋々待つことにした。ともかく、夕陽とは言えども苦手なそれを避けるように蔵の中に入って、扉に寄りかかった。いつでも薄暗いそこは火薬の匂いが漂ういかにも不健康な場所ではあったが、三郎はこの空間や匂いが好きだった。沸々と体中の血が興奮するように、けれどそれが何とも心地いい、そんな不思議な気持ちにさせる。そしてそれは自分が根っからの忍だということを実感させた。


「ところでさぁ…鉢屋くんって、天才なんでしょ?」


空気を読むような、寧ろ読めるような奴ではないのはわかっていた。その唐突な言葉に、仕方なく顔を上げる。そして見た自分より幾分か高い位置にある顔には、やはりにっこりとした微笑が貼り付いていた。しかしそんなどうでもいい会話に付き合うつもりはない。再びそっぽを向いて、兵助に早く来いと念を送った。そうやって何も答えずにいると、頭の上でくすりと笑う声がした。普段ならそんな安い挑発になど乗らないはずの自分が。けれどその時、らしくもなく煽られたように頭の血管が音を立てた。


「…だったら何」
「あは、否定はしないんだね」


馬鹿にしているのか本気なのか。その真意を掴めないことにも、調子を狂わされることにも、苛々は益々募る。わざと嫌悪を隠さずに睨んでも、全く動じる様子もない。そうやって人好きする笑顔に隠したものに気付いているのは恐らく、自分だけだろうと思う。そしてそのことに、きっとこの男も気付いている。だったら、話は早い。


「あんたはさぁ、本当に十五?」
「見えないってよく言われるけどね。まぁ君より一年、人生経験が多いのは確かだよ」
「…だったらさ、教えてくれよ」
「ん?何を?」
「俺あんたのことすげー嫌いなんだけど、どうすればいい?」
「へぇ…そうなの?」


白々しい。然も意外だと言わんばかりに驚いてみせたタカ丸が、今まで保っていた距離を一歩詰めた。挑発するように、それは容易に掴みかかれる距離だったが、しかし。三郎は腕を組んだまま、微動だにしない。牽制なのかはたまた腹の探り合いなのか、互いの視線は絡んだままだった。
戸から入り込んでいた夕日影が、だんだんと消えていこうとしていた。


「それは困ったなぁ。でもまぁ君らしいね」
「知った口をきくな…お前に何がわかる」
「わかるよ、天才さん」


そう言って楽しそうに上がった口角。その瞳の奥が、暗がりにあってぎらりと光った。そんなタカ丸を冷たい目で睨み上げていた三郎も、けれど同時に自分の顔が笑いの形を作るのを感じていた。そして思った。これは怒りじゃないと。可笑しくて、楽しくて堪らない。だからそう、まだ手を出さないでいてやる。本能に訴えたそんな高揚は収まりそうになかった。そしてこうした思いは、目の前の男もまた同じだろう。もしかすると、俺はこういう奴を待っていたのかもしれない。そうだ、絶対に、


「いつかお前が死ぬところを拝んでやるよ」
「僕も君が死ぬところ、見てみたいな」


この手で殺してやる。
そう思える相手を。















お前の全てを俺が奪ってやる
君の全てを僕が奪ってあげる

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