「へーすけぇー」
「なんだよ」
「暇だぁー」
「勉強しろよ!」


だらりと床に寝転んだ八左ヱ門に、兵助がそうやって声を荒げるのも当然だった。というのも今は八左ヱ門の部屋で夏休みの課題を片付けている最中。高校生である自分達にとってそれがいかに手強く、かつ逃れられない敵なのかを分かっていない訳ではないだろう。しかし早々にそれを投げ出し、着ているタンクトップを捲り上げぱたぱたと風を送る八左ヱ門に、やる気は微塵も感じられなかった。開け放たれた窓から入る蝉の声は絶え間なく忙しい上に、熱風は容赦なく体に纏わりついてくる。それらが八左ヱ門のやる気を削ぐのには充分だったようだ。そんなだらしない姿を一瞥して溜め息をひとつ、兵助は机の上で汗をかいているガラスのコップを口に運んだ。氷の入った冷たい麦茶は文句なしに美味かった。しかしそれは机に向かってからまだ氷も溶けきらない時間しか経っていないことを示していて、兵助を何とも言えない気分にさせた。ローテーブルを囲むそんな二人の間では扇風機だけが気休め程度に首を振っていた。


「ギブアップ…」
「早すぎだろ…後で泣いても知らないからな」
「兵助が冷たい…」
「麦茶も冷たくて美味いぞ」


そう言って再びそれに口を付けた兵助の横顔を、八左ヱ門は口を尖らせながら見つめた。それに気付かず兵助は喉を鳴らしながら飲み下していく。初めはささやかな抗議の視線を投げかけていただけだったが、しかし。
Tシャツから伸びる細い腕や潤った唇。上下する小さな喉仏と長い睫毛。涼しそうな顔をしているくせに微かに髪が汗で張り付いている。それは白い首筋も同じで。
綺麗だ。そう思うのは自然だった。


「…兵助ってさぁ、」
「あー?」
「なんでそんなに白いんだ?」
「……は?」


何も初めて目にした訳ではない。学校でだって何度も見ている筈だった。けれどこうして、正体の分からぬ関心をもってそれらを見たことはなかった。自分とは違うそれに、興味が沸いたのかも知れない。触れてみたい、そう思ったのは。


「何か、ひんやりしてそう…」
「んな訳な…」


嘘ではないし、からかうつもりもない。体を起こし、吸い寄せられるように後ろから抱きついた。包んだ肩は思ったよりも華奢で、触れた腕はひんやりとはしていなかったが、滑らかだった。鼻を寄せた首筋は脈打ち、兵助の匂いがした。それを認識した途端、ばくんと心臓が跳ねた。その後もどくどくと高鳴りは続き、どうしようもなく戸惑った。これはきっと興奮、してるのだろう。いや、確実に。だって体を、顔を、離せない。


「ちょっ…八…!」


急に勢いよく体を剥がされた。その細腕を精一杯伸ばして胸を押される。赤く染まった顔が、暑さのせいなどではないことは明らかだった。その反応に釣られたように、はっとした。何かに頭を殴られたような、でも何故か高揚するような、とても言葉では言い表せない気持ちだった。しかしとりあえず、両手を上げて体を離した。


「…馬鹿、寝惚けんな」
「あー…ごめん」
「ったく…子どもかよ」


言い得て妙だと思った。寝惚けていた訳では決してないのだけれど、惚けていたのは確かだ。だって、どうしよう。何なんだこれは。どうしてこんなに、どきどきするんだろう。急に兵助を直視出来なくなった。なのに、もっとずっと見ていたい。体が熱くて汗が止まらなかった。この動揺を、気付かれてはいないだろうか。


「…お前のせいで暑い」
「う…ごめん」


苦し紛れに二人の間で首を振り続ける扇風機の風量スイッチをデタラメに押した。その拍子に、傍らのプリントが飛ばされて綺麗に散らばった。それを慌てて拾い集め、再びシャーペンを握り締めたはいいものの、到底集中出来そうになかった。目の前の兵助をちらりと盗み見ると、まだ微かに染まった頬にちょうど汗が一筋流れた。それを思わず凝視してしまい、こちらに気付いた兵助と目が合ってしまった。咄嗟に視線を逸らしたのは、しかし八左ヱ門だけではなかった。益々俯いてしまった兵助には気付かず、麦茶を飲んで誤魔化そうと必死な八左ヱ門だったが、頭の中は先程の不機嫌そうに顔を赤くした兵助ばかりで、到底自分自身は誤魔化せそうになかった。















何かが俄に変わる

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