人のそういった感情の持続性なんて、たかが知れている。いくら綺麗事を言ったところで、結局は人である以上それは変わらない。だから嫌いなんだ、そんな不確かなものは。意味のないものは。それなのに、


「俺、やっぱりお前が好きだ」


あの頃と変わらぬ馬鹿みたいな笑顔で事も無げに言いやがったのは、体ばかりでかくなった同級生だった。夕暮れの廊下で掴まれた自分の右手首を見ながら、これでもう何度目だろうと考えて大きな溜め息をついた。記憶が確かなら、五度目だ。それも今月に入ってから数えて、という質の悪さ。場所や声量を考えろとは今更言わないし、どうでも良かった。その度に、目の前の男に言うのは一つだけ。


「二度と口にするなって言ったよな」


その一言がどれだけ罪深いものなのかを、こいつは何も分かっていない。オレがまだ幼い幼い子どもだったなら、一生友達のままでいられると信じて疑わなかっただろう。明日は来ると、何の疑念も抱かずにいれただろう。けれど、


「愛してる」


はっとした。掴まれていた手を振り払い、咄嗟にその口を塞いだ。幾分か高い位置にある驚いた瞳が移す自分は余程情けない顔をしているに違いなかった。
そんな大人が口にするような言葉を使ってしまう位に、自分たちは色んなものを知って成長した。あの頃は知らなかった感情だとか、それを伝える言葉だとか、それ以上の事だってきっと沢山。


「黙れ」


いつか変わってしまうなら、どうせ終わりがあるなら、それを受け入れて信じることにどれだけの意味があるというんだ。特別な存在なんかにしてしまえば、尚更だ。そんなこと、分かっていながらどうして出来る?オレが考えるのは、それだ。疑うことは言わば自分を守る盾みたいなもので、そんな自分をつまらない人間なのだという自覚もあった。だから、こんな自分に特別な視線を向ける目の前の男はとんでもない大馬鹿だと思わずにはいられない。今まで誰とも特別深い関わりを持たず、ちょうどいい位置を保ってきた。相手にそれを気付かせずに、何度となくこういうことも事前に上手く回避して来たというのに。そうやって今の自分になったのに。それを知ってか知らずか、こうして簡単に壊そうとする。いや、既に一歩踏み出したことで今までの関係ではいられなくなってしまった。その腹立たしさに、口を塞いでいた手も離して距離を取った。手を伸ばしたら届きそうで、でも決して掴めない距離。これがオレの、理想の距離なんだということを示すために。


「きり丸…」
「…でもまぁお前をいいように利用してやらないでもないぜ?それが嫌なら諦めろ、オレはそんな人間だ」


理由を求めるような困った顔を睨み付けて、そう吐き捨てた。言い過ぎだとは思わなかった。このくらいの言葉でなければまた同じことを繰り返しかねないからだ。昔から頭に血が上りやすい団蔵のこと、これでオレを殴りでもしてこんなオレに似合いの汚い言葉でも吐いてくれればいいと思った。


「あぁ、それでもいいよ。俺を必要としてくれるなら」


けれどそれは見事に失敗した。
必要、先程の自分の言葉にそんな深い意味はないはずだ。これはただのこいつの勘違いなのだから、戸惑う必要なんかないのに。


「そうやって俺から離れられなくなればいい」
「なんねぇよ」
「お前には俺が必要だ。俺のこと、好きだろ?」
「馬鹿じゃねーの…本当頭悪すぎ」
「俺はお前が好きだ」


頑として譲らない、そんな強い眼差しに気圧されそうだった。口が達者なはずのオレがこうして言葉が続けられないのは、初めてな気さえした。いくら拒絶して突き放してみても、懲りそうにない団蔵は未だに距離を保ったまま。きっと自分からそれ以上踏み込むことはせずに、オレからの行動を待っているのだろう。こいつはこんなに頑固だったのか、と思う。しかしそうだった、昔からこういう奴だった。オレ自身が周りからそう言われるように、自覚するように、こいつも同じだったはずだ。握り締めた拳と噛み締めた唇が疲れ始めてきたのが分かった。


「きり丸」
「…なんでだよ…なんでオレなんだよ」
「馬鹿だな、お前だからだよ」


お前知らないだろ、と何故か照れたように笑った団蔵が続けた言葉に、一瞬くらりとした。


「子守りしてる時、赤ん坊に向ける表情が好きだ。何にも興味ないふりをするくせに、人一倍負けず嫌いなとこも好きだ。時々一人で夕空を眺めてる時、とても寂しそうな顔をしてるお前は…綺麗なんだぜ」


急激に頭に血が集まって熱い。くらくらする。そんな言葉に酔いそうで、でも認めたくなくて。それを今まさに顔にあたる夕日のせいにしてしまいたかった。心の底から愛しい、そんな表情の団蔵に耐えかねて視線を外した。それが何故か負けたような気がして腹が立ったけれど、


「俺はどんなお前の隣にもいたい。俺の気持ち、お前が思ってるよりずっと強いぜ?だからさ、きり丸」


信じてみてよ、と笑った団蔵が先程思いっきり振り払った手をこちらに伸ばしてみせた。それはまるで、一緒に家に帰ろうという言葉が似合いそうな行動だった。瞬間、左胸がどくんと痛い程に力強く跳ねた。沸き上がる感情に戸惑いながら、でもほら、やっぱりあと少しだけ届かない。


「それでも信じられなくなったら、いくらでも殴って逃げ出せばいい」


こいつは本物の馬鹿だ。何も分かっていない。その言葉に、自ら一歩踏み出して目の前の胸倉を掴んだ。自分で作った距離なんて簡単に無くなってしまった。


「そんなんじゃ全然足りねーよ。お前の命くらい賭けてみろ」
「あぁ…望むところだ」


さぞ憎たらしいはずの笑みで言ったにも関わらず、団蔵は満面の笑顔でそう返してみせた。どうしようもなく圧倒的でもう何も言えなかった。精一杯虚勢を張ったこの手と足が、今にも震え出しそうだった。


「…お前、本当に馬鹿」


けれど、変わって欲しくはない。素直にそう思った。こいつといるといつも感じる悔しさも、何だかよく分からない感情も、全てぶつけるようにしてその胸に体を預けると、団蔵の匂いが鼻腔を擽って思わず泣きそうになってしまった。綺麗な夕空に目もくれず、力強く抱き締められた腕の中でしばらくそうしていた。その暖かさに、何かがゆっくりと溶けていく、そんな気がした。















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