「兵助…好きだ」
「は?」
「…大好きだ」


前触れも脈絡もないその言葉に、昼間の暑さのせいでついに頭が沸いたのかと思った。
それは夜になってようやく和らいだが、それでも過ごしやすいとは言えない初夏。灯りは部屋の隅の小さなものだけの空間。今の今まで、布団に寝転がりながら何時ものように二人で談笑をしていたはずだった。ふと会話が途切れ、このまま眠ってしまうのも悪くないと目を閉じた直後のその八左ヱ門の言葉。兵助はいつの間にか胡座をかいて顔を真っ赤にした八左ヱ門を、横になったまま見た。自分を見つめるその真剣な顔は、思わず笑ってしまいそうな程に似合わなかったが、しかし笑ってしまうには余りにも居心地の悪い緊張を孕んでいてそれさえ出来なかった。だからきっと今の自分の顔も、眉間に深い皺の寄った相当酷いものに違いないと思った。


「…何それ、罰ゲーム?」
「ち、違うって!」
「…意味、分かんねーんだけど」


自惚れでも何でもなく、当然に自分のことを八左ヱ門が好いてくれていることなど、兵助は分かりきっていた。だって自分たちは五年来の友人、なのだから。しかしそうして溜め息をついて再び目を閉じた兵助に、八左ヱ門は一人焦れた。何か言葉にしないといけないとは思うが、緊張と焦りからか何も出てこない。そんな八左ヱ門を他所に、体を丸めてすでに就寝体制の兵助は暢気に欠伸をしている。このままではすぐにでも寝息をたてはじめるだろうということは見て明らかだった。


「…兵助!」
「なっ…う、わっ!」


一瞬、八左ヱ門にとってはあるいは永遠のように、時が止まった。仰向けにした兵助の両腕を掴み、その身体に跨がった八左ヱ門は、自分自身のその行動に完全に頭が真っ白になっていた。驚きに目を見開く兵助と、切なげに顔を歪めた八左ヱ門はしばしの沈黙に身を置いた。


「八…何やって…」
「いやこれは…だからその、」
「……手、熱い…」
「…ごめん」


謝りはすれど、八左ヱ門はその掴んだ手首を解放しようとはしなかった。正確にはしなかったのではなく、出来なかった。それほどにこの時の八左ヱ門には余裕がなかった。


「…兵助」
「なに…」
「……好きだ」


理由など考える隙もなかった。あまりに真剣で、あまりに切なげで、あまりに不安げな目の前の八左ヱ門の表情に全て理解した。それから、自身の胸から溢れるその温かさの意味も。いや、もしかするとずっと前から気づいていたのかも知れなかった。そして今まさに目の前の男に、心の臓を掴まれたのだ。兵助にとってそれは生まれてはじめての感覚だった。


「……意外だ」
「え…?」
「八はこういうの、笑って言うものだと思った」
「…あー…かっこ悪いな…」
「…まぁ、いいんじゃないか」


自嘲しながら頭を掻くその姿に、兵助はくすりと笑って、今だ赤い頬に手を伸ばした。その行動に、八左ヱ門はもちろん兵助自身も胸の高鳴りを制御することなど、出来そうになかった。手に余るようなそれは触れた手の先から、あるいはもっと別の場所から溢れて、言葉などなくとも伝わってしまいそうだった。けれど、


「……おれも…八のこと、好きだ」
「へ…?」
「…好きだよ」
「………」
「ぶっ…すごい間抜け面」
「ちょ、ま、え…えぇ!?」


その時見せた八左ヱ門の表情は、一生忘れられそうにない程に可笑しかった。何もかも難しいことは置き去りにしてしまえば、見える素直な想い。拙くて不器用なそれを恋と呼ぶにはまだ恥ずかしさが残るけれど、夜風にとけた夏の匂いのように、それは確実にこの胸を騒がせた。













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