飼育小屋の前に、竹谷の姿があった。それは何時ものこと、特段珍しいことではないが、その雰囲気が異質であった。


「なぁ、俺は馬鹿だよな…」


呟いてみても答えが返るはずもなく。あの日を境に兵助と顔を合わせなくなって一週間。互いに学園内にいながらにしてこう長く会わなかったのは初めてだった。一緒にいた時よりも、顔を合わせない今の方が兵助のことを考えている。そんなことに気付いて、また自己嫌悪の繰り返しだった。出会った日の兵助のことは今でもよく覚えている。俺たちはあれから友達だった。兵助はあの頃から優しかった。一緒に遊んだり、宿題をしたり、食事したり、風呂に入ったり、時には一緒に寝たり。そんな当たり前のこと。そんな当たり前のことが、本当はそうではなかったのだと思い知る。それはあまりにも脆いものだったのだ。
今日から兵助は授業に出ていると聞いた。医務室での安静も必要なくなる程に回復しているという。それは本当に良かったと安心したけれど、最後に顔を合わせた時の状態からすればそれは遅すぎるようにも思えた。もしかしてあの時のことが影響したのではないかと頭をよぎりはしたものの、それも自惚れに過ぎないと掻き消した。そして自分が自分でなくなるような感覚に襲われる。それは兵助という友を失ったということが原因だということは確かなのだろうが、しかし。あまりにもその代償が大きすぎると、心の中で悪態をついた。自分はこんなにも臆病だったのか。とっくに苛つきは越えて、無力感しか残らなかった。


「…本当、情けねぇよな」


大きなため息をついたその時、背後から竹谷先輩、と呼ばれた。振り返る前に、ぱたぱたと駆けてきた小さな四人の後輩たちが竹谷の周りに取り巻いた。その一様に不安そうな表情に驚いたのは竹谷の方であった。


「お前たち、どうした?」
「先輩、最近変ですよ」


どきりとした。そう言って眉間に皺を寄せた虎若から、目が逸らせなかった。何も言えないでいると、続けて幼い声が次々に上がった。


「とっても変です」
「何かあったんですか?」
「元気出してください」


眉をハの字にして顔を覗き込んでくる三治郎、孫次郎、一平の姿に、締め付けられて辛いままだった胸が少しだけ緩み、竹谷は頼りなく笑ってその頭を一人ずつ撫でてやった。そして思った。あぁどうして気づいてくれるのだと。どうしてこんな自分を案じてくれるのだ。お前たちの先輩だなんて、おこがましいよ。そうして感じる気まずさよりも、その言葉に大いに救われていた。


「…俺は大切な人のことを何も分かってやれてなかったんだよ」
「それって、久々知先輩のことですよね?」
「なっ…」


虎若の発したその名前に目を見開く。しかしすぐに納得した。あぁそうか。何もかもお見通しなんだな。お前たちも、三郎も雷蔵も。気付くことが出来ないのは俺だけだ。それから虎若が何故か少し怒ったように言った。


「僕たち、竹谷先輩のこと大好きです」
「な…どうしたんだ、急に」
「急にじゃないですよ!言わなかっただけで、ずっと好きって思ってます!」
「…そうか、ありがとう。俺もお前たちのこと好きだぞ」
「じゃあ久々知先輩は?」


一体、何を言い出すのか。四人からじっと見つめられ、言葉を待たれる。竹谷はため息をついた。そんなの、分かりきっている。出会った時から、そうでないと思ったことなんか一度もない。俺は、


「…好きだ。好きだよ…だから苦しい」


すべてが、もう自分でもどうしようもないくらいに兵助でいっぱいだ。どうしようもないと、無理矢理納得しようとしてみても、到底出来そうになかった。同じ学園に、こんなに近くに兵助がいるのに、話しかけることも出来ないなんて。それもこれも全部、自分の非であるのに。本当に救いようのない。しかしそんな竹谷に、小さな後輩たちは簡単にそれを言ってのけた。


「先輩、ちゃんと知ってたんですね」
「ちゃんと言いましたか?」
「言わなきゃだめですよ!」


それはもう本当に簡単に。けれど、どうだろう。今の自分にとってそれはひどく難しいことだ。俺はどうしたい。このまま、理由も分からないまま、大きな存在を失うのか。黙ったまま考え込んでいると、突然ぎゅっと四人が抱きついてきた。あぁ、これは、


「「「「元気注入ー!」」」」


それでもう、本当に吹っ切れた。















痛みに勝てる勇気が必要だ。俺は、その勇気が持てるだろうか。


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