学園を卒業後、双忍としてフリー忍者になった俺たちは忙しい毎日を生きていた。日々繰り返される生死隣り合わせの仕事は必然、二人を更に結びつけた。そんななか、とある任務中に雷蔵が怪我を負った。銃弾で腹と足をやられた。しかしそれでも任は何とか果たしきった。それを見届けた途端、雷蔵は意識を失い、俺の目の前で倒れた。俺は雷蔵を背負い、住処には戻らずにそのまま世話になっている医者に走った。



「そんな簡単な話じゃないのだよ」



そう言われても俺にとっては簡単な話なのだから仕方がない。雷蔵を治せと言った。今の医術では手の施しようがないと言われても納得などできるはずもない。そう食い下がったが、無駄だった。他のどの医者に見せても答えは同じだった。そして思った。こいつらに何を言っても駄目だ。だから雷蔵は俺が守る。もう誰にも触れさせない。










「さぶろ、」



山奥の住処の床、そこから伸びた腕は宙を頼りなくさ迷った。その手を掴み、自らの頬に触れさせた。ぞっとするほど冷たかった。それを悟られないよう、無理にでもいつも通りの笑顔で答えた。



「どうした?」

「三郎の顔も霞んできたんだ…」

「…雷蔵」

「ねぇ…よく見せてよ」

「…ほら」



そのまま屈んで顔を寄せ、揺れた瞳に映る顔を確認した。同時に輪郭を撫でる雷蔵が、安心したように微笑んだ。



「ああ…三郎だ」

「そうだよ」

「そうだね」

「…雷蔵」

「な、に…?」

「不破雷蔵」

「なま、え…?」



名前など、闇に生きる自分たちには必要ないものだ。ただ、俺たちは呼びたがる。それがなければ、自分自身生きているという事実が軽薄で、どうしようもない。本当は生きていたという事実それさえも、忍には必要のないものなのだろう。そういう世界だ。けれど俺は確認したい。君でなければ駄目なのだ、雷蔵。君の生きること、俺の生きること。それを知るのは互いでいい。そう思った。



「君に似合いの良い名前だね」

「そ、う…?」



君が嬉しそうに笑った。俺は優しくそうだよ、と頭を撫でてやる。



「三郎…鉢屋三郎」

「なんだい?」

「僕は、忘れないよ」



突然のその言葉にどきりとした。握ったままの手はそのままに、もう片方の手が頬に伸びて触れた。



「…何を、」

「君は生きた。僕と共に生きてくれたということ。そして、これからも生きること」



その時、何故雷蔵は過去形で話しているのだという違和感が支配した。これでは、まるで…。それを否定したくてもう一度その手をぎゅっと握りしめた。微笑んだその白い顔は、あまりに穏やかだった。



「…ごめん、ね…?」

「何を…言っている」

「ありがとう三郎」

「…雷蔵…?」



はっきりと、最後のその言葉だけは言って、雷蔵は目を閉じた。何度名前を呼んでも、体を揺すっても、返事はもうなかった。そうして穏やかな顔のまま、雷蔵は長い長い眠りに落ちた。















あれから早いものでもう一月が経つ。その間に桜の蕾が膨らみ、満開になり、散ろうとしていた。



「ねぇ、雷蔵」



君が眠っている間も世界はこうやって、何事もないかのように回り続けているよ。相変わらず草花は綺麗で、空は青い。暢気なものだよ。だけど俺の世界は止まったままだ。だからはやく起きて、はやく笑ってよ。そんなに安らかに眠って、
どんな夢を見ているの?俺にも見せてよ、聞かせてよ。ずるいよ…俺を置いて一人でだなんて。
…ねぇ雷蔵、



「ずるいじゃないか…」



触れた頬は硬くて、口付けは冷たかった。まだこの体にもそんな機能があったのか、笑ったはずなのに頬を涙が伝っていた。そしてそれは雷蔵の顔の皮膚にではなく、白い骨に直接落ちた。顔を失ったのは雷蔵の方だった。あれ以来…いや、誰かの顔を被り始めてから一度だって涙なんか流さなかったのに。俺は、ごめんもありがとうもいらない。君にただ、ただ隣で生きていて欲しかった。



「雷蔵ほら…忘れものだよ」



これ、俺にくれるのかい?
ねぇ、返さなくていいの?
とりにおいでよ、雷蔵。
ほら、ここに…君の顔だよ。



「…名前を、呼んでよ」



けれどもやはり雷蔵は起きなかった。





仕事は続けてこなしていた。そうしないと食っていけないからだ。俺は俺がますます嫌いになった。それはまるで一人、生にすがりついているようで。しかし、



「依頼だ。不破雷蔵」

「報酬は高くつきますよ」

「構わんさ」

「毎度」



あれから俺は不破雷蔵として存在している。愛し、憧れた、俺の知る最も美しい人の名前だ。
ねぇ雷蔵、俺は君になったんだよ。
それからね、雷蔵。ごめんと言うのなら俺の方なんだよ。あの時、君を守れなかったのだから。そして、ありがとうと言うのなら俺の方なんだよ。だって君がいないと俺は存在できないのだから。
あの時の君の言葉がいつもここにあるよ。忘れない、君のその言葉だけで。ただもうそれだけで、俺は生きることができる。君が俺を死ぬまで生かすのだ。そんな俺の生きる今日に、君もずっと隣で生きているんだよ。だからね、雷蔵。俺が君を忘れることなんか、出来やしないんだよ。




「行ってくるよ、雷蔵」



そっと床に眠ったままの雷蔵に唇を寄せた。














とっくに雷蔵の肉体は死んだけれど、こうして俺は今日も君と共に生きている。


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