──終わった。
しかし疲れたはずの身体は、充満する火薬や血の混じった匂いに未だ興奮していた。それを感じながら顔を覆っていた布をとり、血を流し続けていた右太ももを縛る。浅く大した傷ではないが、軸足でなくて良かったと小さくため息をついた。何処かでぷすぷすと火の燻る音と、幾つかの微かな呻き声もあったが、それも直に静かになるだろう。とにかく終わった戦場を振り返ることはしない。辺りの屍を一瞥もせず踵を返して歩き出し、しかしすぐにその足を止めた。先に自分の任を終えたのだろう、木の上に胡座をかく三郎を見つけた。


「待たせたな」
「あぁ…暇すぎて寝てた」


こうした嫌味は三郎の愛嬌であると八左ヱ門は思う。そう言って音もなく木から降りた目の前の彼の姿に、珍しいこともあるものだと目を止めた。身に纏った装束は濃紺であるから分かり辛いが、確かに広範囲に渡って血が付いていた。三郎は自分の服や体を汚すのを極端に嫌う。綺麗好きとは違うが、どうも他人の血で汚れるのは許せないらしい。忍のくせにけったいな奴だと呆れはするが、しかしその三郎に八左ヱ門は鼻で笑われた。


「だせぇ」
「かすっただけだ…お前も珍しいじゃないか」
「だから俺は今、機嫌が悪い」
「餓鬼かよ」


鼻で笑い返せば、ぐいと胸倉を掴まれ、今にも殴り掛かりそうな不機嫌顔が近づいた。何を言うかと思えばその口は、笑みの形を作った。


「ヤらせろよ」
「ふざけんな」


昂ぶっているのはどうやら自分だけではないらしい。三郎らしいその台詞に、ニヤリと笑って口を付けるのと目を閉じるのは同時だった。まるで本能に目覚めたかのようにそれを貪った。互いに胸倉を掴んだまま、まるで喧嘩をしているようであった。呼吸は乱れ、血や唾液でぐちゃぐちゃになった激しいそれは、もはや口付けなどと形容するのも憚れる。動物的、生得的、本有的、その類い。それが興奮によるただの欲なのか、あるいは己の生の確認なのか、二人には分からなかったし、どうでも良かった。


「血の味がする」


三郎は離れた唇を舌でべろりと舐め、至って普通の表情でそう言った。それこそ噛み付くように今まで貪った唇だ。今更、と怪訝な表情をしてみせた次の瞬間、再び胸倉を引き寄せた三郎は八左ヱ門の頬から流れる血を舌でゆっくりと舐めとった。熱い舌を感じ、八左ヱ門はただ黙ってそれを見た。


「美味い」


だからこれはお前のだと、さぞ面白そうにそう言った。まったく…時々こうして挑発しやがる。それは三郎の気紛れなのか趣味なのかよく分からないが、ほとほとそれに弱い八左ヱ門はガシガシと頭を掻いて色んなものを誤魔化した。


「あぁーもう帰るぞ!」
「おぶれよハチ公」
「ふざけんな」















意味なんて、理由なんて、どうでもいい。それは再び闇に紛れる前の特別な時間。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -