竹谷が出て行ってしばらく。興奮状態にあった久々知もようやっと落ち着きを取り戻してきたので、薬を煎じる為に沸かしたお湯でお茶を入れ(精神安定効果があることは秘密だ)、手伝いながらそれをゆっくりと飲ませた。湯のみ一杯を時間をかけて飲み干し、息をついた所でまたしばらく寝るようにと勧めたが、久々知は布団の上に座ったまま俯いた。


「……あの、すみませんでした」


疲弊した声で、恐らくそれは先刻の事を言っているだろう。そうやって本当に申し訳なさそうにますます頭を下げた久々知に、きりっと胸が痛んだ。本来何の関係もない自分がそうなのだ、彼の痛みは計り知れない。彼が苦しんでいるのだということは、見れば分かった。しかし体の方は危惧していた程は悪くなさそうで、それは安心できた。


「少しは落ち着いたかい?」
「……はい」


目を覚ましてからの久々知の異様さには、そりゃ驚いた。相手は昨夜彼を担ぎ込んでからずっとここにいて、あんなに不安そうに見守っていた竹谷であったから尚更だ。それに彼らは学年内でも特に仲が良かったはずで…。とすれば、あれは久々知の一方的なものか…。こうして人の事をどうこう考えてしまうのは悪い癖だ。でも、あんなに二人共が同じように苦しそうな顔をしているのを見てしまったのでは、仕方がない。そう自分に言い訳した。


「…すみません」
「謝ることはないよ。ただ傷の治りが悪くなるからね、心配なんだ」
「……おれは…おれが、悪いんです…」


両手で顔を覆うと、まるで赤子を殺された親の様に悲嘆した。あぁ…きっとこの子は真面目なのだ。上手に吐き出す術を知らない。そのくせ自分を責めることが得意だなんて。あれがきっと、彼の心の決壊であったのだろう。とても見ていられない…君は何に耐えているの。


「…我慢なら、しなくていいんだよ」


止まらない嗚咽を必死に堪えながら、久々知は一生懸命泣いた。それはとても下手くそな泣き方だった。それからぽつりぽつりと、時折言葉を詰まらせ、何度も何かを堪えるようにその想いを打ち明けてくれた。殺されたのは彼の心。殺したのは彼自身だった。こんな美しい想いに触れた僕は、彼に何をしてあげられるだろうか。















体の痛みは蔓延して、一体何処から来るものなのかは分からなかった。しゃくりあげる度に何処かが痛んだけれど、優しい手がずっと付いていてくれた。おれにはいつも、どうやったって優しさが付いてまわる。どうしてこんな人間にと思いながら、いつもおれは甘える事しか出来ないでいる。それが情けなくも、有難かった。


「それを諦めない…諦めきれないのなら、取れるべき選択肢があるはずだよ」
「……はい」
「久々知は真面目すぎるから、難儀しちゃうだろうけどね」


醜い想いをみっともなく吐き出してしまったのに、こんなおれを軽蔑すらせずに先輩はそう言って笑った。齢一つしか変わらないはずなのに、自分より随分と大人に見えた。あんなに頑なに閉じ込めていた想いが、この優しい雰囲気によってまるで外に出ることを促されたようだった。そんな優しさに、疲れた心が酸素を求め始めた。自分でも気付かないうちに、この育ち過ぎた想いに負けそうになっていたんだと改めて認識する。おれは知っていた。これを終わらせる方法を。逃れられない選択を。先延ばしにしていたせいでこんなにも絡みついた想いが、自分の首を絞め続けていたのだ。
竹谷にちゃんと正面から向き合った最後はいつだったろうか。
それからね…、と苦い顔をした先輩が続けた。


「…君をここに運んできたのは、竹谷だったよ。ずっと、昨夜から寝ないでここにいたんだ」


その言葉に、すっと心が冷えた。
運んだ?ずっと?寝ないで?おれを呼んでた声、あれは夢じゃなかった?
そうだった。あの時、最後に見たのは驚いた竹谷の顔だった。錯乱していたなんて理由にもならない。だって、おれはおれの意志を持ってそうしたのだから。竹谷はただ、おれを助けようとしただけなのに。ただ、心配してくれただけなのに。
だんだんと冷静になった頭が理解する。
あぁ、おれは…


「…最低だ」















おれは竹谷に、何をした。

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