あれから。
もういい時間だからと、竹谷と共に食堂に直行することになった兵助は内心穏やかではなかった。


「今日の飯なにかなー」
「豆腐あるかなー」


結局、雷蔵と三郎にはバレバレだった想い。それでも本人には幸いにも…そんな所も竹谷らしいと言えば竹谷らしい。
しかしどうも二人きり、というのは…


「あ、兵助にハチ!」
「よう、お二人さん」


不意に後ろからかけられた声に振り向けば、見慣れた同じ顔が二つ。


「おう!」
「雷蔵と三郎も食堂?」
「うん!ちょうど良かったね」


自然、二人は兵助と竹谷のその間に割って入ってきて。
うん、本当に良かった。心からそう思った。四人ならなんとか…


「そんなに嬉しいか」


ニヤッと口角を上げて肩を組んできた三郎に、兵助は眉根を寄せた。


「相変わらず意地が悪いな」
「よく言われる」


三郎の言いたいことは分かる。
隣で雷蔵と談笑している竹谷に思わず目がいきそうになるのを寸でのところで止めると、しかしそれを見透かしたかのように三郎が小さく笑った。
そう、そういうことだ。


「そんなに好いてくれて嬉しいよ、兵助くん」


本当に意地が悪い。腹が黒い。ついでに目付きも悪い。
ただ、そんなこいつでも居てくれて助かるのも事実で。


「なぁ竹谷、お前好きな奴とかいないのか?」


前言撤回。
突然の三郎の言葉に、一気に血の気が引いていく。
見れば、三郎らしい笑みが竹谷に向けられていて。
こいつは一体何を…


「へ?」
「ちょ、三郎なに突然…!」


きょとんとした竹谷と、何かを訴えるような雷蔵に、心拍数があがる。今の自分は、一体どんな表情をしているのだろうか。
聞きたくないけど、聞きたい。でも、


「そりゃいるよ」


ドクン、と心の蔵が跳ねる。


「言っとくが、生物や後輩抜きでだぞ」
「え」


……ああもう嫌だ。そうだった、頭から竹谷の性格が飛んでいた。いやしかし、そんなことよりも。おれが一喜一憂する理由なんてどこにも無い、そのはずだろう。もう既に崩れそうな心を偽る努力は義務的であった。


「あー女の子で、ってことか」
「…あぁ、まぁ」
「んーいないなあ」


安堵と落胆が一緒にやってきた。珍しく三郎がどもって、横目でこちらを見たことにさえ気付かなかった。竹谷にとって恋愛対象は女性。そんな、当たり前のこと。普通じゃないのは、自分なのだから。間接的に、しかし改めてこの感情を否定される。ほら、だから言っただろう。分かっていたはずじゃないか。


「でもなんだよ急に」
「いやまぁ俺は雷蔵がいるしだな、お前も…」
「ちょっと三郎!」
「あは、あははは…怒るなよ雷蔵…」
「お前ら相変わらずだなあ」
「お前もな」


思わず口にした言葉。その声は、自嘲したくなるほど不機嫌全開で。竹谷の顔は、見れない。しかし言葉の真意に気付くはずもない竹谷はいつものように笑うと、予測出来なかった質をおれに投げつけた。


「そういや、兵助は?」
「は…?」


なにが…?
体が、声が、ぎこちなくて。まるで自分のそれではないみたいで。


「好きな人、いないのか?」
「…兵助、」
「…いるよ」


不安そうな雷蔵の声に、どういう訳か背を押されたように口にしていた。そんなつもりのなかった雷蔵と、三郎も驚いた様子でこちらを見た。ごめん、雷蔵。


「へぇー意外!誰?」
「……」
「俺の知ってる人か?」
「……」
「兵助?」
「…それは秘密」
「うわっ!ケチ!」


痛い。すごく、痛かった。
自分で原因を作っておいて何だ。世話ないじゃないか。


「…うるせー」


竹谷の笑顔が、今は一番見たくなかった。


「…ね、ねぇ急ごうよ!僕、お腹空いちゃった!」
「ああ!俺も腹減った!」


先に行くね!と雷蔵が竹谷を引っ張っていく、その背中を辛うじて見ながら思った。情けない。いっぱい助けられて。こんなに涙を堪えて。おれは…いつからこんなに弱くなったのだろう。
「なぁ、兵助…」


その先の言葉の代わりに、頭をぽんぽんと叩かれる。三郎は分かってるんだ。自分が謝れば、おれが余計惨めになるってこと。だからこうして何も言わず、一緒にいてくれる。袖で拭った涙にも気付かないフリをしてくれる。だからおれは…
深呼吸をひとつ、もう大丈夫だ。


「行こうか」
「うん」


だからおれは、その優しさの分だけ強くならなくてはと思った。















きっと、逃げられないのだから。

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