出会いとは不思議なもので、第一印象で「あ、コイツとは友達にならないだろうな」と思った奴とほど後々親しくなったりするものだ。





生徒数がそう多いわけではない忍術学園では同じ学年の生徒であれば、その名前と顔くらいはおおよそ全員知っている。だが大抵はその程度で、組が違えば委員会が同じなどという事がない限り深く知り合う事もない。
だから、おれと竹谷もそうなるはずだった。


学園に入学した年の秋深まった晴れのその日、一年生合同授業でマラソンが行われていた。それまでにもう何度も授業で覚えた道のりではあったが、先生達による仕掛けありとのことで些か緊張感のあるものであった。


ゴールの丘まであと三分の一ほどという道中。左右を木に囲まれた山道で、兵助は自分の背後から聞こえる呼吸音に苛まれていた。
それを聞いていたら自分までますます苦しくなりそうな、そんな息の上がりきった呼吸だった。
前には誰の背中も見えず、後ろにもその呼吸の主以外に近くに生徒はいないようで、順位としてそのちょうど真ん中あたりを懸命に走りながら仕掛けられている罠がないかと集中していた兵助にとってそれは気を散らす雑音でしかなかった。


(無理、しすぎじゃないの)


しかしそれでも前方に目敏く違和感を発見した。そこだけ土の色と量が他と違っていて、人一人分くらいある大きさのそれは塹壕じゃなくてタコ壺って言うんだよな、と考えながら軽々それを飛び越える。そしてそこから少し離れてから左右を確認する。異常なし。囮の罠、という訳ではなさそうだ。そう判断して再び走り出そうとした瞬間、


「うわっ!!」


背後からドサッという音と共に小さな悲鳴が聞こえて、同時にあの耳障りな呼吸音が消えた。
そこで初めて兵助は後ろを振り返った。


(ああ、やっぱり…)


地面にはぽっかりと穴が現れ、砂埃を巻き上げていた。


(………)


少し躊躇しながらも数歩戻ってその穴を覗けば、やはり自分と同じ制服の少年がいた。しかもこのタコ壺、ちょうどコイツの為に掘られたかのようにぴったりサイズだ。


「大丈夫か?」「…うっ…うぇ…」
「どこかケガしなかった?」
「あっ…、あし…」
「くじいた?」
「うっ、ん…たぶん…」
「それくらいで泣くなよ」


そこで初めて彼は涙に濡れた顔をあげ、まるで不思議なものを見る目をこちらに向けた。


(…見たことあるけど、知らないやつ)


「…とにかく行こう」
「えっ?」
「肩かすから。そしたら走れるだろ」
「……」
「…別に、いやならいいよ」
「いっ!いやじゃないっ!」
「…あ、そう」
「うんっ!ありがとう!」


頭で考えるより早く出た言葉、動いた体。兵助は内心驚き戸惑っていた(後から思えばあの時のあの一生懸命な頑張りを「聞いて」いたからこそのその行動だったのだと気付いたのだけれど)だからその時、礼を言われるような事をした自覚なんてなかった。それでも自分より背丈の小さな少年は、しかし自分より大きな声と笑顔でそう言った。
いつの間にかその涙は止まっていた。


「おれ、たけやはちざえもんっていうんだ!君は?」


泣き虫のくせに一人称が「おれ」という違和感を感じながらも兵助は自然、顔が緩んだ。まるで彼の笑顔にはそうさせる力があるようだった。


「ぼくは、くくちへいすけ」


そう言って手を差し出すと、何を勘違いしたのか“たけやはちざえもん”はその手を握り、ブンブンと上下に揺らした。


「よろしく!へいすけくん!」


こうして、おれと竹谷は「友達」になった。















「兵助ー!」


一日がかりの校外実習を終え、五年の自分の長屋に帰ろうと廊下を歩いていた兵助は、その大声にビクリと跳ね上がりそうになった。
しかし平静を装い、こちらに走り寄りながらブンブンと手を振る竹谷を一瞥してから溜め息をついてやった。故意に。


「…うるさいなー。そんな大声出さなくても聞こえるって」
「あっはっは!」


いつだっけ、こいつがおれの背をひょいと抜いていったのは。
負けず嫌いな自分はきっと悔しい思いをしたのだと思う。よく覚えていない。記憶は曖昧だ。


「い組は校外実習だったのかー」
「まぁな」
「お疲れ!」
「…おぅ。…で、何か用?」
「んー?いーや、たまたま兵助見掛けたからさぁ」
「…あ、そう」
「うん、そう」














一体いつから、なんて。記憶は曖昧だ。
しかしこんな些細なことにさえ律儀に反応するこの左胸は、この感情は、実に素直だ。

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