※(BBM+戦争)パロ








戦地において、皮肉なことに空には綺麗な星が輝いていた。それを見上げては、まだ多くの人間が美しいと思うことだろう。多くの人間が心から戦を望むはずはないだろう。ならば何故、


俺たちは生きている。
この戦争の意味は、何。


家族を先の空襲で失った潮江は、この戦争に理由なんて一つも見い出せなかった。従軍しているのはそう命じられたから。守りたいものも、生きていることの意味、理由、価値、そのどれ一つ持ち合わせてなどいなかった。この男に出会うまでは。


「食満、」


呼ばれて振り返った食満とて同じであった。家族を失った。名も知らぬ地に徴収され、生まれて初めて銃を握らされた。これは己が身を守る為のものか、己と同じ人間を殺す為のものか。後者であることを知る。そして人を殺せば殺すだけ、立派な称号を与えられる。これが戦争。狂っている。病んでいる。ただ、この男といる時は…と思った。


「…一層のこと隈が酷いぞ、お前」


似た境遇で少なからず互いに同情があったのは確かだ。戦地でこういうのが流行るは人間の本能だと言う奴もいた。戦場の恐怖や興奮のせいにしてしまえば、理由になるのだから。


「そう言うお前も酷い顔をしている」
「…てめぇに言われたかねーよ」
「あぁ違う、意味が違う」
「………」


昨晩。そこに言葉はなかったのだ。潮江が食満の肌に触れた時、それがきっかけだった。互いに欲した。止めどなく溢れるそれに、意味なんて分からなくとも準じた。始めは抵抗を見せた食満も、すぐに求め始めた。奪い合うように。食い尽くすように。何かを埋めるように。求め合い、与えあった。そう、潮江は思った。ただそれが、衝動に任せたものだと言われても仕方がなかった。気持ちを確かめることなど、しなかったのだから。


「…で、何。言い訳でもしに来たのか」
「いや……ただ、そんなつもりは、なかった」


食満は思う。そんなつもりとはつまり、意味などないということで。格好悪く言えば、傷を舐め合ったということで。内心は、やはり。他に男と抱き合う理由など、生きる意味と同じように、無いという事か。


「…あぁ、俺だってそんな趣味はない」
「………そうか」


男と男。その独特の雰囲気がそこにあった。元々似た性格が更に作用し、重い沈黙が落ちた。俯いたままの食満を見て、潮江は伸ばしかけた手を抑えた。


「お前がもし、嫌な思いを…」
「それ以上言うな。てめぇがもし謝りでもしたらマジで殺す」


潮江は己の胸ぐらを掴んだ食満の手を、見た。粗末な隊服を掴むそれは余程力が入っているのだろう、白くなっていた。そして震えていた。刺すように自分に向けられる目は、今にも涙が溢れそうで、それでも頑なに強く、確実に心臓を刺された。あぁ、違う…そうじゃない。


「…食満、」
「次は他を当たるんだな」


あぁ…この誤解が耐えられないと、潮江は思った。こんな大きな戦争も、こうした小さな誤解から生まれる事がある。既にこちらに背を向け、基地宿舎に足を踏み出した食満の腕を掴んだ。命の意味を見つけた。その理由を引き止めた。


「待て」
「まだ言い訳が足りないか」


振り向きもせず強がりを言うこの男を何故、とは思わない。理由など、探すのも馬鹿らしい。今目の前にあるそれを、手放しては駄目なのだ。それだけ、確かに分かった。そしてそれを、言葉にしなければならないという事も。誤解を真実にしてしまう事など、出来なかった。


「違う。違うんだ…」
「…何がだよ」
「すまん。俺はお前と一緒にいたい」


伝えることはこうも難しく、しかしこうも幸福な事であったか。熱が生まれ、溢れた。あぁ、どうやら俺はまだ人間であったらしい。ようやっとこちらを向いた食満は阿呆面をさげていた。これでもし、自分の思い違いであったなら、死ぬのも怖くないかも知れないなと思った。だがもう、


「お前にも俺自身にも、これを誤魔化したくはないんだ」


本音であった。愛の言葉など似合わないし、少し違うと思った。言葉が誤解を生むことがあれば、些細な言葉で分かり合えるのも人間なのだ。そう信じたかった。


「…何か言ってくれ」
「……馬鹿じゃねーの」
「今更、だろう」

食満は視線を合わせずにまた俯いた。自分とそう変わらない体格のこの男の、その温もりを、全力で欲している。潮江は耐え、その言葉を待った。


「……そのうち、ここも前線になる」
「…あぁ」
「運悪く生き残ったら、どうする」
「運悪く、か…。ついでに生きてみるのも悪くないな」


そして、心から幸せだと思える日々を送りたい。お前と一緒に。人を殺した俺には無理かも、知れないけれども。潮江はそう続けた。


「だったら、ついでに落ちるとこまで落ちてやるよ」


お前と一緒に。その言葉を聞くと同時に潮江は食満を抱き締めた。今度こそ泣いた。二人して泣いた。痛くなるほど、しかしその感覚さえ感じないほど、強く抱き締め合った。互いの温もりを、存在を、確かめるかのように。


「約束だ」


潮江は思う。
自分たちは嫌な時代に生まれたと。けれど雨風の中にある不安定な命の炎でも、確かに燃やして生きたいという意志を持っていたいと。そしてそれを儚い希望だとは意地でも思わない。それをお前が不運だと言うのなら、俺は祈らずにはいられない。やはり、死ぬのは怖い。怖くて堪らない。失うのが怖い。守りたい約束と夢見る未来がある。いつか穏やかな陽の光の中を、共に歩きたい。小さな花を見つけて、季節を感じたい。星を見上げて、純粋に綺麗だと言いたい。笑って、泣いて、時には喧嘩をして、ただそうやって普通の日々を過ごしたい。
だから俺はその為に戦う。
生きたい、心からそう思った。










翌年夏、日本軍壊滅。
潮江文次郎、戦死。









数十年後。
初夏の木漏れ日の中、縁側に座る穏やかな表情の男がいた。土や血で汚れた粗末な兵隊服を愛しげに撫で、抱き締めて呟いた。





「いつまでも、一緒だ」







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