遠くから聞こえる車の音も、小さなベランダの窓から入ってくる春の夜風も、鼻を掠める煙草の匂いも、この人といれば全てがくすぐったいような優しさを持って俺を包む。それに感化されたのかどうかは、知らない。


「煙草教えて」


好きな人の好きなものを、自分も好きになったり、若しくは好きになりたいと思うのはごく自然な感覚だ。だから俺は素直なのだと思う。


「アッチ方面なら何でも教えてやっけど?」
「話逸らすな」


面倒臭い。ありありとそう言いたげな顔をして、彼は短くなった煙草をコーヒーの缶の中に落とした。中身がまだ残っていたのだろう、小さくジュッと音がした。その手がそのまま新しい煙草に伸びかけて、止めた。そして再び俺を見る。その表情を隠そうとも繕おうともしないのが、この人らしい。


「やめとけ、肺の病気は悲惨だぞ」
「俺に副流煙吸わせといてよく言うよ」
「あ、あれUFOじゃね?」
「いや飛行機」


そうは言ったが本当は別に気にしてなんかない。寧ろ大歓迎だ。だってさ、あんたのせいで死ねるなんて最高じゃないか。ラッキーストライクがあんたを殺すのは癪だが(まったくどこが幸運なのか解せない)、それは俺にとって贅沢な死だ。そんな事を考えながらその端正な横顔をじーっと見つめていたら、彼は観念したかのようにため息をついた。


「急にどうしたよ」
「別に…急にじゃない」
「…とにかく、お前にはまだ早ぇよ」


そう、だからこそなんだよ。だって、ただでさえ俺は二つも年下だし。しかしそれ以上の差を、いつだって嫌って程感じる。それをこの人は分かっちゃいない。そんな思いを突いたようなガキ扱いに、今更だけどムッとして胸ぐらを掴んだ。そしてさっきまでそこにあった名残を追いかけるように、舌を差し入れる。するとまるで分け与えるかのように、それを絡めてきた。俺はすぐに頭がぼーっとして、自分の鼻から抜ける声が色を帯びていくことにさえ自制が利かなくなった。


「ん…」
「どう、美味い?」
「苦い…舌が痺れる」
「だろ」

頭をぐしゃっと乱暴に撫でて意地悪く微笑むだけで、胸がキュッとする。ゴツゴツした大きな手も、細いけど鍛えられた体も、俺をこんなにも揺さぶる。悔しい。悔しいけど嬉しい。どんなに頑張ったって追い付けやしないが、こんな風に俺はこの人の近くに居られる。


「でも格好いいからムカつく」
「んだよ、次屋君はモテたいのか?」
「別に…あんた以外に興味ねーし」
「や、それもそれで問題だな…」
「何だよ責任とれよ」
「じゃあお前もとれよな」


視界が急に回転して、俺を見下ろす彼の向こうに窓の外の夜空が見えた。あ、この顔。何かイタズラを思いついた子どもみたいな表情。嫌になるくらい、好きだ。言ってやらねーけど。


「何、興奮してんの」
「とりあえずさ、煙草の前に俺のをくわえろよ」
「…最低だな」


あははっと笑って、ぐいっとその顔が近付いた。そしてまた、もうそれだけで彼だと判断出来る煙草の香りがした。こんな展開、計算してない。いつだって俺は、この人に敵わない。でもそれでも、


「お前可愛い」
「…それ言うのあんただけだ」
「ありゃ、見る目ないね」
「あんたが無いのかも」
「冗談」


その笑顔はとにかく格好よくて、俺はこの人のことがすげー好きなんだ、なんて改めて自覚したりした。瞬間、唇にあの感触が降りてきた。あぁ、もうどうでもいい。こうやって分けてくれるならそれで。ぎゅっと目を閉じて、俺は当初の目的を放棄した。















中毒性なら、負けてない

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