納得いかないことがある。 今日は学年全体で山中での実技訓練、のはずだった。それなのに。先ほどまで共に行動していたはずの孫兵と左門はどこに行った。それを探しに行った作と数馬はどこだ。なぜ謀ったようにこいつと二人きりなんだ。 「藤内ってかわいい名前だよな」 「悪かったな」 そして何でこの男はこんなに暢気なんだ。大体…こう見えてもおれは男だ。そう言われて喜ぶわけないだろう。そんな台詞は女にでも言え。もっとも数馬は作に言われればにへらと笑ってありがとうと言っただろう。その前に作はそんなこと絶対言わないだろうが。で、その二人はどこ行った。合わせて四人はどこ行った。またイライラしてきた。合流したらとりあえず数馬以外全員殴ろう。よし、そうしよう。 「ひねくれものー」 「殴るぞ」 俺には納得いかないことがある。 「次屋、そっちじゃない」 「え」 何で俺は次屋なんだ。 なにもこの氏が嫌いだとか、身分の差に苦しんでいるだとか、そんな事を言っているんじゃない。そういう意味ではなく。確か俺たちは恋人というやつだったはずだ。友達でも名前で呼ぶのに、それはちょっと寂しいじゃないかと思う。以前一度、こういう関係になった時に提案はしたものの、却下された。今更呼べるか、と。今だから呼んで欲しいと思うのに。…ところで同じく恋仲の二人はどこに行ったんだろう。ついでに他の二人も。 「なぁ藤内」 「無駄口叩いてたらまた迷うぞ」 ちゃんとついてこいよ。なんて、顔に似合わず男前だな、藤内。声に出したら間違いなく殴られるので心の中で思うだけにした。代わりに、自分より幾分か小さなその背に問うた。 「俺のこと好き?」 「うあっ!」 お、かわいい悲鳴。なんて思ったのも一瞬。目の前を歩いていたはずの藤内の姿が消えていた。 「藤内!?」 慌て駆け寄ると、そこだけ地面に穴が空いていた。どうやらタコ壺に落ちたらしく、その中で藤内は顔を歪めていた。そこで思い出した。今は授業中で、ここはその訓練場としてよく使われる地だということ。しかしなにはともあれ、無事で良かった。 「よう」 「ようじゃねー…ったく、お前のせいだからな」 「え、俺?」 しゃがみこんでそう聞くとキッと睨まれた。あ、かわいい。場違いにもそう思ったことは秘密だ。 「いきなり変なこと言うなよ!」 「変なこと?」 「……」 はぁ…と盛大なため息をついた後、藤内が微かに顔を歪めた。あ、これは、 「足、やっちまったか」 「……うん」 「手、」 「…あぁ」 そう深さがなかったのが幸い、腕を伸ばして引き上げることが出来た。装束についた土を払ってやり、汚れた顔も拭ってやる。うん、かわいい。しかしその手は不機嫌そうな藤内によって退けられた。 「もう、いいから…行こう」 「そうだな。じゃあどうぞ」 「……なんの真似だよ」 「なにって…おんぶ?」 「…あり得ねー」 「遠慮すんなって」 「してない」 「藤内、三つ数える内に乗らないとちゅーするぞ」 「なっ…!?」 「いーち、にー…」 効果覿面とはこの事か、あんなに渋っていたのが嘘のように素直に背におぶさってきた。その膝裏を抱えて立ち上がれば、首の前で藤内の手が交差される。それはいいのだが、どうも納得いかない。そんなにちゅーが嫌か。 「なぁ藤内」 「なっ…なんだよ!今更重いとか言うなよな!」 「いや、さっきの質問の答え聞いてないなぁと思って」 「……」 「おーい」 なぜか沈黙して反応がなくなった藤内を振り返ろうとしたら、ぐっと首を絞められた。正しくは腕に力を込められただけなのだが、とにかく。 「ちょっ、苦し…」 「……言わなきゃ分かんねーのかよ」 「え?あ?」 「……好きだよ…悪いか!」 「わ…悪くない悪くない!俺も好き!藤内好き!」 「うっ…うーうるさい!」 「痛っ!」 好きだと言ったらなぜか殴られたけど、すごく嬉しかったからよしとする。簡単に俺の心は軽くなった。背中に感じる重みは愛しい。今度また、名前で呼んで欲しいと言ってみよう。そしたらどんな顔をするのかな。首を回せないから顔は見れないけど、やっぱり藤内はかわいいなと思う。ちょっと意地っ張りなとこも、でもとても優しいとこも、それから時々見せてくれる照れたような笑顔も。大好きだ。 「よーし行くぞ!」 「あーそっちじゃない!」 大声で叫びたいくらい、大好きだ! |