僕たちはこの世に生を受けた時すでに、決められた運命に抗えない烙印を押されていた。かたや国を治める王の一人息子。つまり時期国王となることを約束された王子。かたや剣の腕っぷしだけで護衛隊長にまでになったが、元農民。そして男同士。しかしそうして二人は出会い、すぐに恋をした。だがその関係も長くは続くはずもなかった。


金吾は言った。
この先に二人一緒の未来がないのなら、いっそ永遠に一緒になろうと。


喜三太は笑った。
僕も同じこと考えてたよと。


夜、城を飛び出した。その時、空は泣いていた。馬は使わなかった。きっと必要ないと分かっていたから。
あれから随分と走った気もするが、きっとまだ城からも見えるような場所にいるのだろう。それでもよかった。ただ、最期を邪魔されなければ。
ようやく森を抜け、急に視界が開けた。そこは草原だった。何も遮るもののない草原。荒い息を整えながらも立ち尽くして、喜三太は思った。こんな場所があることも知らなかった。器の札だけが立派で、僕は何も知らなかったんだ。死ぬ間際になって自分がいかにちっぽけな人間だったのかを思い知る。でもこうやって、いつも金吾が僕を連れて行ってくれるんだ。僕の知らない新しい世界に。
喜三太は笑っていた。嬉しかった。


「ここがいい」
「ああ…」


金吾も笑った。
いつの間にか夜が明けていた。しかし止まない霧雨は肌を濡らし、二人の体温を奪っていった。だけどそれももうどうでもいいことだ。
遠くで鐘がなった。そろそろ城内が異変に気付く頃合だった。その城内で落ち合った時からずっと繋いだままだった手が、離れた。
時間だ。


「いこうか」


言うと同時に金吾の愛刀が喜三太の背から刺さり、胸を貫いた。すぐに金吾は躊躇いなく喜三太を正面から抱き締めた。刀は簡単に自らの体を貫通した。金吾は思った。


ああ、あったかいなあ…。


自分たちの命はあと数分も持たないだろう。あとどれだけの言葉を交わせるかも分からない。


「ん…はっ…ぁ」

ゆっくり触れた唇は、やっぱり温かくて涙が溢れた。怖いとか痛いとか悲しいとか、そんなんじゃなくて、ただただ愛しかった。こんなふうに、自らの体から流れ出した血のように、それは溢れて止まらなかった。


「喜三太…」
「…泣き虫だなぁ、金吾は」
「お前も、じゃないか」
「…あったかいからねぇ」
「僕も…」
「うん…一緒だもん」
「喜三太」


精一杯、目一杯の愛しさを込めて大切な名前を口にする。本当に、幸せだった。


「愛してる」
「僕も愛してるよぉ…金吾」


それは愛しさと幸せが溢れたような口付けだった。二人にとって永遠のような一瞬だった。それでも唇は離れた。喜三太はもう目を開けなかった。もう、息をしてなかった。


よかった、と思えた。
ほんの数秒でも僕がいない世界に君を残すなんてできないから。でも僕もすぐにいくよ。
もう一度まだ温かい喜三太の唇に自分のそれを寄せて、数秒後。金吾も眠るように息を引き取った。


いつの間に上がった雨は、きらきらと輝く滴だけをそこに残した。切れた雲の隙間から柔らかな光が伸び、それはまるで天に昇る梯子のように二人の亡骸を包んだ。








この世界は僕らが一緒にいることさえ許してくれなかったね。もしかしたら今から行く所でも許してもらえないかもしれないね。そしたらどこへいこうか?僕は君とだったらどこへでもいけるよ。君が隣にいてくれる、ただそれだけで。
だからね、ずっとずっと一緒だよ。








(護衛隊長と王族)

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