「お疲れさま、作ちゃん」
「数馬…さん」


あれから変わったことがある。
互いの呼び名と、その関係だ。


「屋敷内でその呼び方はやめろって言ったろ」
「そっか…」
「…で?」


一瞬忘れかけたがここは三反田邸。その用具倉庫として使っている一室。今日使った道具の整理をしながら問う。
俯く数馬の様子がいつもと違うと気付くのは簡単だった。


「うん…」
「どうした」
「ねぇお願い…抱きしめて」


すがるように向けられた眼差しに、取り落としそうになった鋏。それを箱にしまってから距離を詰める。
そっと手を伸ばせば、数馬が飛び込んできて。戸惑いながらもその頼りない背に、優しく腕をまわした。
きっと何か、あったのだろう。


「なんだ、どうしたんだよ」
「…なんでもないよ」
「おい…」


しかし数馬は抱きつく腕に力を入れただけで、俺の質に答えようとはしなかった。


「僕は、作ちゃんが好き」
「なに言っ…」
「大きくて優しい手も」
「…数、」
「草木に囲まれて、土と太陽の匂いがする作ちゃんも」
「……」
「みんなみんな大好きだから、ね?」


俺に言葉はなかった。
その数日後、数馬は見合いをし正式に婚約をしたと噂で聞いた。大学を卒業したらすぐにでも結婚するのだという。
いつかこんな日が来るのだと、していた覚悟は脆かった。










屋敷内にこもり、俺を避けるように生活していた数馬をやっと早朝の廊下で捕まえた。抵抗するその手を引いて用具倉庫に引き入れる。久しぶりに繋いだ手は、やっぱり小さくて綺麗で…俺の好きな手で。しかし向かい合った彼は幾分かやつれていた。その顔に、俺の好きな笑顔はなかった。俯いたまま、目を合わせようともしない。きっと俺が知っていることを、知っているに違いない。


「造られた庭のままでいいのか」
「…仕方ないんだ。どうにもならないことだって、あるんだよ…」
「……」

「作ちゃんには分からないよ」
「っんだよ、それ…」
「もう僕が決めたことなんだ」
「…あの時の言葉は何だったんだよ」
「…ごめん、もう変わっちゃった」


グッと拳を握り締める。今伝えなければならないことが、俺にはある。


「俺は……俺は、お前が好きだよ」


知らないはずじゃないだろう。
だのに数馬は、俺が普段口にしない言葉に驚いた表情を見せた。だがそれもすぐ元に戻る。


「でもそうだよな。好きだけじゃどうにもならない」
「……」
「俺はまだ見習いの身だし、お前はいずれ家を継ぐ一人息子。それ以前に男同士…笑える程の障害だ」
「…っ」


なぁ数馬…お前が決めたことならどうして、そんなに辛そうなんだよ。


「でも俺は、好きだからこそ相手の為に別れるとか…そういう格好つけ、出来ねぇから」


言ったよな、付き合いを申し込んだ時。俺、お前に。信じてほしいと。それはとても難しいことだ。それでも俺は言いたい。いつの間にか俺の世界はお前無しでは回らなくなってしまったんだよ。だから、


「俺はみっともなくても、一生懸命にお前が好きだから」
「作っ…」
「だけど決めるのはお前だ」


泣くな、数馬。
泣かないでくれ。
俺はお前に、そんな顔をさせたい訳じゃない。
ただお前の本当の気持ちを聞きたいんだ。俺に理由をくれよ。なぁ…言ってくれよ…。


「僕は…僕だって…どうしようもないくらいに作ちゃんが好きだよ…」
「数馬…」
「作ちゃんなんだ…僕の世界を壊して、つくってくれたのは」


泣くなよ馬鹿。


「作ちゃんがいなきゃ僕は…」


それはお前だけじゃない。


「好き…好きで好きで大好きで…!もう僕、どうしたらいいか分からないよっ…」


今にも崩れ落ちそうな体を支えながら、ぼろぼろと溢れた涙でぐちゃぐちゃになった数馬の顔を親指で拭った。


「泣かないで」


触れた唇は震えていて。俺は精一杯優しく口付けた。想いは止めどなく溢れ、血のように全身を巡る。


「ん…作、ちゃん…」
「責任、とるから」
「作…」
「だからそのままでいてよ」


数馬、そして数馬さん。
俺はあなたに誓います。
俺たちの未来は困難ばかりだと人は言うだろう。誰も許してくれないかもしれないね。
だけど俺はいつも、いつだってあなたの側にいる。
この想いを越えるものなんて、きっとこの世界のどこにもないんだよ。








(見習い庭師と旧家子息・後編)

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