「お疲れ様です、作兵衛さん」


松の剪定後の掃き掃除をしていると、背後から声がかかった。とても穏やかな、それはまるで今日のような晴れの陽気を思わせる声。


「どうも、こんにちは」
「今日はいいお天気ですね」
「えぇ、そうですね」
「あの…敬語はやめて下さい」
「…それはこちらの台詞です」


この家の御子息様である数馬さんは変わっている。
庭師とも名乗れないような見習いの身の俺に、こんな距離の取り方をする。
こんな物腰も、彼らしいといえば彼らしいのだけれども。


「そうか、そうですよね。同じ齢、ですものね」
「あぁ…まぁ」


ちょっと違います。
あなたと俺とでは、まず身分が違うんスよ。
こんな馬鹿でかい御屋敷は旧家の証で。あなたはその大切な御子息様。ひきかえ俺は、三反田家専属の庭師である親方や兄弟子らとともにこの屋敷に住み込みで働いているただの下っ端だ。本来ならば話をするのも憚れる。それを分かっているのかいないのか、本当に不思議な人だ。


「今日は大学の講義も休みですし、外に出る予定もないんです」
「そうですか」
「それで作兵衛さんを捜してました」
「はぁ、なぜまた…」
「話相手になって貰えませんか」
「え、あ、まぁ…はい」


そう言われれば、仕事中であっても結局断りきれず、手を動かしたままで失礼しますと断ってから話を促した。
縁側に座って目の前の立派な松を見ながら、数馬さんは小さく微笑んだ。


「いつも綺麗にして下さって、ありがとうございます」
「いえ…それが仕事ですから。それに俺はなにも…」
「いつも見てますよ」
「え…?」
「作兵衛さん、誰よりも一生懸命です」
「いえ…見習いですから」


言葉に色と香を感じるのは気のせいか。そんな会話に敏感になる。
そしてさらに彼は突飛なことを言い出した。


「僕、あなたの手が羨ましいんです」
「手…?」
「はい。好きです、あなたの手」
「…汚いだけっスけど」
「そこがいいんです」
「…はぁ」
「すみません…変、ですよね」


照れたようでも、泣きそうでもある表情は俯きかけて。そうして欲しくなくて俺は咄嗟に言葉を繋いだ。


「俺は…あなたの手の方が好きです」


本音だ。俺にはない綺麗で繊細な手。
しかしこれではまるで…。
目の前の驚いた表情に、俺は気恥ずかしくなった。それから彼は少しだけ笑って、だけどどこか諦めたように呟いた。


「時々思うんです」
「何を、ですか」
「僕はこの庭と同じだって」
「…と言うと」
「自然のままではいられない」


この寂しそうな目は、何度か見たことがある。大抵は彼一人でいる折りに見せる、憂いと儚さとが混在する瞳。嫌いじゃないと思う。だけど…


「俺は好きっスよ、この庭」
「…すみません、僕も嫌いな訳ではないのです」
「数馬さん…」
「ごめんなさい…変な話をしましたね」
「俺は馬鹿だけど、なんとなく分かります」
「え?」


俺はわかるような気がする。
生まれも育ちも身分も、全く違うけれど。
きっとその感情は俺も馴染みのあるものだから。
そして、あなたをもっと知りたいと思ったから。


「今度どこか遊びに行きませんか」
「えっ?」
「その時は敬語もやめます」
「それはとても…」
「駄目ですか」
「いいえ、とても嬉しいです」


俺は、その照れたようなくすぐったいような笑顔が嬉しい。
それは良かったです、と言おうとした瞬間。


「作ちゃんとお出掛け…」
「さっ…!?」
「あっ、ごめんなさい!」
「え、いや…」


予想外の言葉に固まった。
すぐに熱が顔に集まってくるのが客観的にわかる。
しかしそうさせた当の本人は、こちらの聞き間違えかと思うほどに相変わらずで。
なんて人だと思った。


「ごめんなさい…僕、前から言ってみたかったんですよね」
「…ちゃんって…」
「かわいいじゃないですか、ぴったりです」
「いや無いです」
「いいえ、ありです。呼んでもいいですか?作ちゃん」
「…もう、呼んでるじゃないっスか」
「えへ」


その笑顔に、それ以上の反論はついに出てこなかった。







(庭師見習いと旧家子息・前編)

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