「あ、どうもはじめまして」


クラブハウスの玄関で黒猫と目が合った。ちょうど暇していた俺が紳士的に挨拶をすると、奴はこちらを威嚇するようにミャーと鳴いて建物の間の細く暗い隙間へと走り去って行った。なんとまあ、世知辛い。その俊敏な背中を見送り、俺は再び暇を持て余した。元々緩いネクタイを更に緩めながら「おっせぇ」と独り言る。笠さんに顔を合わせる度に「美味しいご飯を食べさせてよ、笠野のおじさま」なんてまさに猫撫で声でねだってきた活動がようやく実を結んだというのに、現在進行形で待ちぼうけをくっているのだ。あの人らしいと言えばらしいが、俺の腹はそろそろ限界だ。あまつさえ夕暮れの人気のない場所にぽつんと佇む切なさと言ったらない。まるで世界に一人、取り残されたかのような感覚に襲われそうになった時だった。駐車場の方から足音がしてそちらに視線を向けると、見たこともないビシッとしたスーツにネクタイまでばっちり決めた素敵なおじ様がこちらに向かってくるではないか。しかも手を挙げて「待たせたな」なんて、まるでデートの待ち合わせみたいなことを言うもんだから「うわぁ、なんかちゃんとしてるー」と冷やかしてみると、笠さんは「気が抜けるなぁ、お前は」と笑った。


「でもかっくいーよ、笠野のおじ様」
「だろ?惚れてもいいぞー」
「なに、今日は俺だけのおじ様になってくれんの?」
「おいおい、それじゃまるで俺がお前を飼ってるみたいじゃねぇかよ」
「えー違うの?いいコにするから捨てないでよ」
「…人聞きが悪いことを言うな」


苦虫を噛み潰したような顔をした笠さんが面白くて一人笑っていると、不意に「ほら、いくぞ」と髪をくしゃくしゃにするように頭を撫でられた。すぐに背を向け、戸惑いに立ち尽くした俺を残して駐車場の方へと歩いていく。その耳に届かないように「高いのいっぱい食ってやる」と呟きつつ、後を追った。夕陽が西と言わず空全体を茜色に染めていた。寝床に帰るのか、烏が群れて飛んで行く。


「でも何で急に行く気になったのさ」
「餌付けだ、餌付け」


そう言えばいつか笠さんに「お前は猫みたいだな」と言われたことがある。その時は「アッチの意味でなら間違ってないけど」なんて茶化したけれど、今はそう言われた意味が何となく解るような気がして苦笑した。いつの間にやら足元に真っ黒な影が長く、伸びている。何処かで、ミャーという鳴き声が聞こえた気がした。




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