出先からクラブハウスに戻ると、ちょうど最後の職員が帰る所だった。鍵を引き継ぎ、デスクに着いてすぐに書類の精査に取り掛かる。結局それが一段落つく頃には時計の針はてっぺんを回ってしまっていた。軽く伸びをし、ふとあることに気付いて席を立った。薄暗い廊下に足音を響かせながら目的の部屋の前まで来ると、思っていた通り中からぼうっと明かりが漏れていた。次節の試合を三日後に控えている為、ここ数日はこんな状況が続いていた。達海のすることに口を出すつもりはないけれど、もう少し体のことにも気を使ってくれと思うことがしばしばだ。音を立てないようにドアを開け、まだやっていたのかと声をかけようとして、止めた。どうやら机に突っ伏したまま眠っているらしい。テレビからは試合の映像が流れていた。小さく溜め息をついてその背中に近付き、ベッドに横たえようと腰に手を回した時だった。


「セクハラ」
「…っ!」


突然耳元で囁かれたことに驚いて後退った瞬間、背中をベッドにしたたか打ち付けた。


「いった…」
「びひりすぎだって」
「…お前なぁ」


咄嗟に背中よりも耳を手で覆ったその反応を楽しむように「うはは」と悪びれもせず笑う達海を見てしまうと、二の句を継ぐことが出来なかった。悔しくも、笑う顔が見られるのならという思いさえ生まれてくる。
そうしてじっと顔を見つめたまま黙っていると、それを怒っていると勘違いしたのか、達海は文句を言いたげに口を尖らせた。


「冗談じゃん…」


思わず、正面から抱きしめていた。腕の中に収まった細い体が、びくりと反応する。けれどすぐに照れ臭くなって、ごまかすようにその体を抱き上げた。


「なに、してんの」
「たまには大人しく抱かれてろ」


男にしては随分軽い体をすぐ側のベッドに下ろす。我ながら、柄にでもない。表情が分かりづらくなったが、今はそれが有り難かった。


「なんだよごとー…急に男前になっちゃって」
「いつもはお前が茶化すからだろう」


いつまでも見つめ合いそうになる空気を察して、先に顔を逸らしたのは達海だった。それに促されるようにしてさりげなく離れ、DVDを止めてテレビの電源を切った。途端に静寂と暗闇が部屋を支配する。
ぎしっとベッドが軋む音がした。


「…ごとー」
「ん?」


廊下のぼんやりとした微かな明かりの中では、その輪郭は曖昧だった。けれど何故かその時、達海が笑った気がした。


「おやすみ」


それが確信に変わったことに満足して、暗闇に向け小さく笑った。


「あぁ、おやすみ」




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