「いやぁ笠さん老けたなぁ」


突然背後からかけられた言葉に、振り向かず笑った。そんなことはわざわざ指摘されずとも自覚はある。よれたジャケットも、後退した髪も、増えた皺も、すっかり不感症気味の心も。重ねてきた年月をしっかり表している。夏の夜風に吹かれて飛んでしまいそうな、どこにでもいるオジサンだ。


「お前も人の事言えねぇぞ、達海」


ライトの消えた目の前のグラウンドは真っ黒に染まり、まるで海のようにそこに横たわっていた。よく夜遅くに一人残ってボールを蹴っていた男の残像が浮かぶようだった。
「えーそうかなぁ?」と口を尖らせながら、ぐたっと手摺りに寄り掛かった達海はこちらに一瞥もくれずに正面のグラウンドを見ていた。その横顔はあの頃と比べて確かに老けたけれど、変わっていないのも確かにあった。
いつでもこの目を引き付けて離さなかったあの輝きは、衰えてなどいなかった。手の届かない遠くの地であんなにも心から愛した「選手」を失ったあの日から、こんな日が来るとは夢にも思わなかった。


「何考えてんの、エロい顔して」


不躾な視線を無視出来なくなったのか、不意にこちらを向いた達海は悪戯っぽく笑った。
昔から馬鹿なことを言って人をからかうのが好きな奴だった。そのくせ一人で考えたがりの、子どもの部分を残したままの奴だった。俺にとっては間違いなく、最初で最後の男だった。「選手」としても「特別な存在」としても。


「お前の事だよ、昔のな」


一瞬の落胆したような表情はすぐに隠して「ふ〜ん」と興味なさそうな声を出す。それからすぐに、今度は手摺りに背を預けて座り込んでしまった。思わず足が辛いのか、と口に出そうとして、止めた。
雲が早く流れていく。それを眺めているうちに、ふっと空気が緩んだ。


「笠さん、まだ現役?」
「何がだ」
「アッチの方」
「…もう若くねぇからな」
「老いは気から、ってね」
「達海、」


名前を呼んでから言葉に詰まった。首を傾げて見上げる視線に捕らえられ、動けなくなる。そうしているうちに「笠さん」と呼ばれて腕が伸ばされた。立つのを手伝えということだろう。その手を掴んで引き上げる。


「俺は戻って来たよ、ここに」
「達海…」
「あの頃の、あんたの目を引き付けるようなプレイは俺にはもう出来ないけどさ。今度は監督としてもう一度あんたを魅了してやんよ」


立ち上がって手が離れたと同時の言葉に、もう何も言えなかった。
参ったなと思う。
本当に、参った。
いつまでたっても、俺はお前に翻弄されてしまう。
お前は、そうやって俺を夢中にさせてしまう。


「うん、それ。俺、笠さんの困った笑顔好きだよ」


そうやって笑ってみせるお前から、俺はどうしたって目を離すことなど出来ないのだろう。



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