ぐしゃりと、達海の靴の下で緑が潰れた。


「お、おい」
「雨が降りすぎたんだ」
「は…?」


建物の影になった道端の湿った土の上で、達海は真顔でそう言いながら足を捻る。まだ蕾の状態だったその花は、ついにブチッと音をたてて死んだ。


「根から腐って、後は枯れるだけだよ」
「そう、なのか」
「そう。だからその前に俺が踏んで殺したとしても、結果は変わらない」


足を退けて露になった未熟な花の死骸を、達海は無言で見下ろした。それは普段の彼らしくない言動だった。それでも俺は何をすることも、何を言うことも出来ずにただ、その拉げた名前も知らない花を見て立ち尽くした。


「なんてね。行こうか」
「俺は…」


自分の中にある形のないものを何とか言葉にしようとしたけれど、失敗した。そんな俺を見て、達海はただ寂しそうに笑った。


「お前は優しいな」


それはきっと俺がお前にとっての一番ではないからだ。本当はもう随分前から気付いていたけれど、見ないフリをしていた。だからその生温いような言葉が俺には似合っている。そう、思った。


「ごとー、腹減った」


手を伸ばしたくてまた躊躇う間に、それに気付かないフリをしてすり抜けていく。優しくも残酷な距離を保ったまま、達海は俺に背を向けて、一人で歩き出した。このまま俺がこの場所を動かなければ、お前はどうするだろうか。待ってなどくれないだろう。手を伸ばしてなどくれないだろう。それを望んでいるわけでも、ないのだけれど。


「何してんの、奢ってくれるんでしょ?」


それでも、こちらを振り返った達海は光の中で笑った。地面に沈んだような足が、それを追いかけようと動く。達海はやはりすぐにまた背を向けた。日の当たる場所に出ると、酷く柔らかな風が身体を包んだ。
その年、達海は何も告げずに一人、日本を離れた。




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