結局俺はあれから一睡も出来なかった。
原因なんて明らかだ。気にならないはずもない。面倒くせーけど…少なくとも俺はあんなのを見てほっとけるような人間じゃない。
そしてあの後、思い出した事がひとつあった。確か一週間程前の放課後のことだ。
あの時もほんの少しの刺激に苦痛を浮かべていた。まさかあん時から我慢してたんじゃないかと。
そして結局聞けず仕舞いだった原因。
まず考えたのはいじめだが、学校でのあの様子を見ているとそれはないような気がした。あるいは他校のワルにからまれたりとか…分からない。
考えてもどうしようもないことだってことは分かっているが、しかしそうしている内に朝になってしまい、仕方なく眠い目を擦りつついつもよりも随分と早く学校に来てしまった。
とはいえ、教室には既に人が疎らにいた。そしてそのなかに毛利の姿もあった。
目に入った瞬間、思わず動きを止めてしまう。気まずさと拭いきれない心配とが混ざって迷いはしたものの、思い切って席に近づいた。手にしていた小さな字が連なる本から、その視線が上がった。


「…よう」
「………」


じっと見つめられたかと思えば、しかしすぐにフイと無言で視線を戻されてしまった。
…まぁ、そうだよな。妥当な反応だ。
考えてみれば俺らは、ただ怪我の手当てをしただけの関係で友達ですらない。
そこで遠巻きに寄せられる視線を感じ、それ以上は何も言えずに俺は自分の席へと向かった。








「長曽我部」
「あ?」


速攻で昼飯を食べ終え、午後の授業までさて一眠りと思っていると名前を呼ばれた。顔をあげて驚いた。それはずっと頭を占めていた人物だった。


「…少しいいか」
「あ、あぁ…」


初めて名前を呼ばれた気がする。
そんなどうでもいい事を考えながら立ち上がると、前の席で怪訝な顔した政宗が肩を竦めた。



やはり昨日のことだろうか。いやむしろ、それくらいしか俺らが話しをする理由なんてないとさえ思える。
毛利の後について初めてその場所と存在を知った図書室に足を踏み入れると、そこには昼休みというのにどうやら誰もいないらしかった。
隔離されたような薄暗く静かな室内で向かい合ったまま、しばしの沈黙が落ちた。
たまらず声を掛けようとした矢先、口を開いたのは毛利だった。


「昨日はすまなかった」
「え、あ、いや…」
「……」
「……」


すぐに訪れる沈黙。毛利の視線は窓の外で、未だに交わる事はない。
そして改めて思ったのは、やはり小さいということだった。
自分が人よりガタイがいいというのもあるが、男子高校生としても毛利は華奢すぎると思う。
こんな小さくて細い体にあんな…。今はきっちりと着ている制服のせいで全く分からないが、思い出しただけでまた体が軋むように感じる。今更ながら、この季節に一人だけ不自然に制服を着込むその意味を知る。


「頼みがある」


凛と響く声。強く鋭い意思ある目。本当に別人だった。昨日見たあの姿が、夢じゃないかとさえ思えた。だからこの時、俺ははっきりと理由を聞き出そうと、いや聞き出せると思った。


「何だ?」
「昨日のことだ」
「あぁ…」
「口外しないでくれ」
「な……」
「話しはそれだけだ」
「…ちょっと待てよ」
「話しは終わった」


そう言うと毛利は、一方的に話を終わらせて、これ以上の会話は必要ないというように背を向けた。
だけど俺はこんな話、納得いくはずもなかった。だって、知ってしまったんだ。


「理由くらい教えてくれねーの」


その背を追うように核心を突く。必然、声が厳しくなるが構ってられなかった。


「この際はっきり言うけど、あれは普通じゃねーよ」
「……」
「まだ痛いはずだぞ」
「……」
「誰にやられた」
「…るさ…」
「おい!」
「…うるさいっ!」


その一言に、一気に頭に血が上った。
あんなもんを見せられて、その上理由も言わずにもう関わるなという。
気に入らねぇ上に納得いかねぇ。
怒りでもう、自分の制御がきかなかった。


「あんなん見てほっとけるわけねーだろ!」
「頼んでない」
「あのなぁ…」
「貴様には、関係…」
「ないってか?そりゃ完璧に隠してから言えよ」
「…っ…まれ…」
「隠しきれてねぇよ、お前」
「……ちが、…」
「あぁ?」
「…めろ……」
「…おい、」


まるでもう一つの人格が覚醒するかのように呼吸が荒くなって微かに震え出し、明らかに毛利の様子がおかしくなった。そして、


「やめ…ろ…!」


頭を抱えて叫んだ途端、ふっと目の前の背中が傾いだ。
俺はただ、見た。
人が気を失って倒れるのを、初めて見た。


原因を知ってどうする気だ、と思う自分がいるのも確かだ。
知ったところで何が出来るかなんて自分でも分からない。
ただ、あの横顔が忘れられなかった。
助けて、と聞こえた気がした。
それを俺は、助けたいと思ったんだ。










今までだってそうだった。こういうことにそれ以上の理由なんて、いらないと思った。
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