あれから数週間が瞬く間に過ぎていった。
長いようで短かった夏休みも終わり、約一ヶ月ぶりに新学期が始まった。
久しぶりに再会した政宗や明智にまず礼を言った元親だったが、夏休み明けだと言うのに二人揃って全く日焼けをしておらず、それが何故かとても可笑しかった。
相変わらず自分からは何も聞いてこなかった政宗に、元就は自らの意思で大まかにだがこれまでの事実を伝えた。元就の話す内容には流石に驚いたようだったが政宗は最後に、そうか、と独り言のように呟いた。それだけだったが、元就にとってはとても有り難い反応に違いなかった。
そして秋晴れと言う言葉がぴったり似合う日曜日。
いわし雲の下、乗り継いだバスをようやく降りた二人は、手にしたメモを頼りに目的地へと続く長い石段を上っていた。
階段の脇には道中、バスの中からも見えていた鮮やかな彼岸花がいくつも咲いていた。ひんやりと澄んだ空気ももうすっかり秋のそれで、気持ちが良い。バスを乗り換える際に小さな露店で買った花と線香を手にした元就はたまに足を止めては呼吸を整えていた。そのペースに合わせて元親もゆっくりと上りながら、首筋に覗く元就の白い肌が日差しに溶けて消えてしまいそうに見えて目が離せなかった。その考えを読み取ったかのようなタイミングでまた元就が立ち止まり、後ろにいた元親を振り返った。目が合った瞬間、元親が今まで感じていた儚さのようなものは消え去ったいた。それは目が覚めるような、はっきりとした視線だった。


「今度さ、政宗がケーキバイキング付き合えって。行くだろ?」


元親は訳もなくどきりとして、ごまかすようにどうでもいい話題を口にしながら再び歩みを進め、元就の隣に並んだ。


「あ、あぁ…しかしそれは男三人でも大丈夫なのか」
「んー…まぁ、俺等が気にしなけりゃ大丈夫だろ」
「…適当だな」
「つーか俺さ、最近真面目に授業出てんだろ?廊下とかで明智に会うと保健室に誘われんだよ。これ有り得なくね?」
「真面目と言ってもまだ二週間位だろう」
「え、そこ突っ込む?」


思わず笑い合うと、高い木立の何処かでも鳥の囀る声が聞こえた。
長かった階段ももうあと数段で終わる。太陽も、そろそろ一番高い位置に昇る時間だ。


「元親」
「んー?」
「ありがとう」


最後の一段を上り終えた所で、元親は不意打ちに足を止めた。元就は振り返らずに足を進め、だんだんと距離が出来ていく。
ざわっと秋の風が吹き抜けた。
それに背中を押されるようにして、元親はゆっくりと歩き出す。


「…なんだよ、それ…今言う?」
「今でなければ、言えない」
「…参ったな…」


元就が背中を向けたまま立ち止まったのは、けれど一瞬のことだった。胸が熱くなり、思わず鼻の奥がツンとした元親だったが、それ以上は何も言うことが出来ずにただ墓地へと一人歩みを進めていく元就のそのはっきりとした背中を追った。
それを見つけるのは兄が亡くなって以来という元就の微かな記憶が頼りだった。母親が亡くなった時は父親に連れて来てもらえなかったという。
風に乗って、線香の香りが届く。
ふと、元就の足が止まった。


「ここだ」


長い間、誰も訪れることのなかった墓を前に立ち止まったその背中に、元親がそっと手を触れる。
それに促されるように、元就はゆっくりと腰を下ろすと、ぐっと涙を堪えたような声で亡き二人に向かって話し掛けた。


「話したいことが、沢山あった」









頭上高くで色付き始めた木が風に揺れてざわざわと音を立てていた。一歩一歩、石段を踏み締めながら下りていく。


「俺、ずっと元就の側にいてお前をずっと守り続けるって約束してきた」
「な…っ」
「そんで、ずっと愛し続ける。だから心配しないでゆっくり休んで下さいってな」
「…こ、声が大きいぞ」
「そうか?本当は世界中に聞こえる位の大声で言いたいんだぜ?」
「それは…」
「でも今はこれで我慢する」


立ち止まっていた元就を残して階段を一段下りた元親は後ろを振り返って、無防備な唇に触れるだけのキスをした。
そして驚きに言葉を失っている元就に向かって、手を伸ばす。


「帰ろう」
「…あぁ」


元就は頷くと、ずっと恐れていた光りに向かって手を伸ばした。元親の大きな掌が、すぐにそれを握り締める。
長い間真っ暗だった世界は、いつの間にか、こんなにも鮮やかになっていた。
高い空から、柔らかな陽光が二人の歩く道を優しく照らしていた。















春の桜が咲く頃、ポストに舞い込んだ白い手紙には遠く北の地の消印があった。住所も差出人の名もなかったけれど、元就はすぐにそれが父親からのものだとわかった。
手紙には病室のような窓から撮ったらしい写真が一枚、同封されていた。
そこには、春の陽光に照らされた緑の草木と青く穏やかな海が広がっていた。





遣らずの雨 [了]
2011.9.29

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