「そういうのって教師の仕事じゃねーの」


毛利が学校を休んでから確かそう、最初の2、3日は気に留めていたはずだ。しかし一週間たった今は、教師に言われるまで完全に忘却していた。
つまりそれは俺にとってその程度の出来事だった。


「俺もそう言ったんだがよ、試験前で忙しいんだと」
「Ha、お前のが忙しくしてるはずなのにな」
「俺はやりゃあできる子なんですー」
「……」
「なんだよその目は」


担任教師が言うにはこうだ。毛利の家に試験範囲と連絡事項の紙を渡しに行け。半日授業で暇だろう、と。
その理由にちょっと、いやかなり引っ掛かりをおぼえたが…しかし聞けば、何の因果かクラス内で毛利の家から一番近くに住んでいるらしい俺(意外かつどうでもいい事実の発掘だ)に白刃の矢が立ったらしい。
こんな広範囲から生徒が通うような私立高校でそれ言われるとなあ…と、仕方なく引き受けたのだがしかし、


「面倒くせー」
「ついでに勉強教えてもらってこいよ」
「冗談」


あんなんに教わるなんて身が持たねぇよ。つーかその前に絶対的に性格とか合わねぇだろ…とにかく俺はさっさと行ってさっさと帰ろう。そう心に決めて地図を開き見ると、簡易なそれでも察しがついたことがあった。


「…遠くね?」


思わずついた溜め息がよく似合う、そんな間延びした日々。夏まではこんな毎日が続くと思っていた。








「お、あった」


先公から渡された地図を見ながら苦労してやっとたどり着いたマンション。その6階の一室、玄関の表札に毛利の文字を見つけた。
この春、この辺りに越してきたばかでやはり少し迷ってしまった。でもまぁ地理も結構覚えられたし良しとするかと強引に納得し、とりあえず地図をしまってからインターホンを押した。

しかし近所っつってもな…。
強いて言うなら“俺のアパートから二番目に近いスーパーの近くのマンション”だぜこれ。

2回目。

近いとは言わねーだろ…マジで大人の感覚わけわかんねー。
せっかくだから帰りはそのスーパー寄って帰ろう。

3回目。


「んだよ、いねーじゃん」


チッ、成績優秀の学級委員長様がずる休みかよ。…仕方ない、郵便受けにでも入れて帰ろう。そう思ってカバンから預かっていた紙を出そうとしていた時、ドアの向こう側、家の中から微かな物音がした。


「…はい」


なんだ、いんじゃん。小さく、それでも確かに聞こえた声に応える。


「あー俺…、いや長曽我部だけど…毛利?」
「…っ…何の用だ」
「や、お前ずっと休んでたからプリント頼まれて…」
「…そこに置いていけ」
「………」
「用が済んだら立ち去れ」


あぁそうだ。さっさと帰ろう。最初からそのつもりだったんだし。言われなくても帰るさ…ただし、言いたいことは言ってからだ。


「なあ、毛利」
「……」
「何でそんなに怯えてんだ」
「…!」
「お前の様子、おかしいぞ」
「…黙れ…」
「まぁ俺は知ったこっちゃねーけどさ。せっかく届けに来てやってんだ、顔見せて礼ぐらい言っても罰は当たらねぇと思うんだけど」
「……」
「…じゃ、俺帰るな」


…何言ってんだ俺は。
しかしそんな自らの言葉とは裏腹にドアの前で待つと、少ししてガチャッという音と共にドアがそろそろと開いた。それを掴んで抉じ開けると、そこには驚いた表情の毛利がいた。
…何やってんだ俺は。


「よー」


ビクッと肩を震わせた毛利がすぐにドアを閉めようとしたので、それを足を挟んで止める。これじゃまるで借金の取り立てみてーじゃねぇか…。そんなことを考えていた、その間に。…いや、ちょっと待て。どうして頭抱えてしゃがみこんでんだ、こいつ。しかも震えてないか…?


「…っ…」
「…おい、毛利…?」


慌て声をかけるが、そこまで言って気付いた。
暗くて今までよく分からなかったが、長袖から覗くこいつの腕に赤黒い痣がある。しかもよく見ればその服には血が。返り血みたいに飛沫になってるやつや、その下の皮膚から滲んだようなものまで。


「お前っ、どうしたんだこれ!」
「ひっ…!ごめんなさいっ…!」


思わず声を荒げた途端、そこにいたのはさっきとは全くの別人だった。
まるで親に叱られた子どものように、謝る姿…しかし、それにしてもこの様子は尋常じゃない。


「おい、大丈夫かよ…」


俺はそんな毛利にかけるべき言葉も見つからずに、ただ独り言のように呟いた。










一体、どうなってる。
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