随分と長い時間泥のように眠っていたが、隣に寝ている元就の体の熱で目が覚めた。触れ合った肌が熱い。よく見れば、悪い夢でも見ているかのように苦しげな表情を浮かべてさえいる。額の汗を拭おうと手を当てて、ぎょっとした。計らなくてもわかる程の高熱を出している。雨の中での長時間の移動という体力的な負担に加えて、精神的なものも大きくないはずがない。それらの無理が祟ったのか、今になってどっと疲れが出たのかも知れない。


「元就、おい、大丈夫か」


微かに開いた目蓋の向こうで弱々しく瞳が揺れていた。更に熱に触発されて全身の傷が痛むのか、返事にならない呻き声のようなものが返ってきた。頭をフル回転させる。九時過ぎという時間を確認し、藁にも縋る思いで以前かかってきた番号を探し出してかけてみた。数回の呼び出し音の後に繋がると、願いが通じたのか明智は学校にいるようだった。すぐに代わって貰い、挨拶もなしに状態を説明すると、素人に出来る処置の仕方と市販されている薬の名前を教えられた。慌てる必要はないと言われたがそうもいかない。電話を切ると、必要なものを買い揃える為に家を飛び出した。
雨に濡れながら大急ぎで家に戻ると、元就は時々小さな呻き声を漏らしながらも体を丸めて眠っていた。
昼過ぎにようやく目を覚ました元就にお粥を無理して流し込まさせた。教わった薬も飲ませると、ようやく一息ついた。


「疲れが出たんだな。雨も止まねぇし、今日はゆっくり寝てろ」
「…もと…ちか、」
「ずっとここにいる。ほら、目閉じろ」


ふらふらと伸ばされた熱い手を握ったまま促すように額に唇を寄せ、閉じた目蓋の上にもキスをしてから離れると、元就はそのまま眠ってしまったようだった。そうしてしばらく、そこから窓を濡らす雨粒を眺めていた。
雨が止んだのは、翌日の朝のことだった。
元就の熱も薬の効果か、あっさりと下がった。風呂から上がったばかりの身体に薬を塗り、包帯を巻いていく。酷かった時に比べると、少しは良くなったような気もするが、それでもそれらは決して消えることなくそこにあり続けていた。
昼過ぎ、荷物を取りに一旦家に帰りたいと言う元就と共に、あれ以来初めてとなるマンションの部屋を訪れることにした。
雨上がりの街の空気はどこか澄んでいて、じりじりと焼け付くような真夏の日差しはもう無く、すっきりと晴れ渡った空が街中の水溜まりに映っていた。
多少の懸念はあった。しかし、部屋はあの時の惨状が無かったかのように綺麗に片付いていた。元就もそれに驚いたのか、少しの間玄関に立ち尽くしていた。そしてようやく首を巡らせると、何かに引き寄せられるかのようにテーブルへと近付いて行った。
どうした、とその背中に問い掛けても返事はなかった。何かをじっと見ている様子の元就が気になって背中越しにテーブルを見ると、そこには一枚の白い紙があった。手紙らしい、と気付いたのは何やら文字が綴られているのがわかったからだが、内容までは見ることが出来ない。その傍らには何故か銀行の通帳や印鑑なども置かれていた。


「……元親」
「ん?」
「ひとりに、なった」


俯き加減の元就に視線を向ける。一体その言葉がどういう意味なのか、理解出来なかった。しかし改めて手紙の文字を追って、わかってしまった。
恐らく、元就の父親はこの家を出たのだ。
想像もしていなかった事態に混乱する。何故、という言葉ばかりが頭を占めた。そして今だ呆然としている元就に代わり、調べておいた病院の番号に電話をかけた。そして返ってきた答えに、しばらく声が出なかった。


『あら、聞いてませんでした?昨日どうしても外せない用事があるからって、強引に退院して行きましたよ』


元就はどこか、こうなることを予感していたかのようにじっと手紙の文字を見つめていた。















元就へ
病院で話をしたこと、忘れません。
今はこの自分でさえ恐ろしい自分を治したい。
この選択がまたお前を苦しめるかもしれない。
けれど、いつかきっと赦しを請いに行かせて欲しい。
いつも元就のことを思っている。
また手紙を書きます。

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