盆だから実家に帰ってて墓は留守かもな、などと冗談を言いながら肌寒さすら感じる早朝の坂道を元就と二人で歩いた。 本当は一人で訪れようとこっそり起き出したつもりだったのだが、隣で寝ていた元就に気付かれてしまったのだ。そして、自分も行きたいと言ってくれた。 散歩にしては長い距離を歩いて辿り着いたのは、海を見下ろすことのできる視界の開けた丘の上だった。ひんやりとした空気と静寂が辺りを包むその墓地に、先祖と友人の墓は立っていた。 手ぶらで来てしまったが、長曽我部家と彫られた墓に挨拶を済ませ、離れた場所にあるまだ新しい墓石の前に膝をついた。 「よう、久しぶり」 この町を出る時に挨拶してからまだ半年も経っていなかったけれど、自然とそう口にしていた。それ程に、沢山の出来事があった半年だった。 そっと石に刻まれた名前を指の腹でなぞる。そうすると、胸の内の声が届くような気がした。 どうか見守っていて欲しい。何がどうなるか分からないこれからを。そして知っていて欲しい。元就をきっと守るという誓いと決心を。 返ってくる言葉が無くとも、良かった。 ふと隣を見れば、元就もまた目を閉じて手を合わせていた。何を想っているのか、随分と長い間そうしていた。 その帰り道、夏の終わりを思わせる風が強く吹き、空の雲は早く流れていた。 盆も終われば、夏休みも残り僅かだった。それは同時にこのモラトリアムの終わりを意味している。つまりは時間切れ。口に出さずともそんな空気を肌で感じていた。 出来ることならばこのまま平穏な時間を過ごしたい。辛い現実を遠ざけたまま、忘れてしまいたい。無理だとわかっていても、そう思ってしまう。ただ二人で一緒にいたい、と。 けれどそれは突然やって来た。 夕立がきそうだなと窓から空を仰いでいた時だった。 携帯の呼び出し音が響き、空気を震わせた。それまで本を読んでいた元就も顔を上げ、視線を寄越す。ディスプレイに表示された相手は政宗だった。 『毛利と一緒か?』 開口一番、あまり聞かないような低い声で尋ねられ、胸騒ぎが強くなる。何故そんなことをわざわざ聞く必要があるのか、頭が急速に回転する。その一瞬の沈黙を肯定ととったのか、こちらの返事を待たずに政宗は続けた。 『あいつの親父が倒れた。多分、間違いない』 ゆっくりと、けれど厳しい声で告げられていく事実に呆然と立ち尽くした。 駅のホームへ降りる階段から男が転がり落ちるのを、たまたま近くに居合わせた政宗が目撃した。救急車が来るまでの間、男の手にしていた持ち物からどうやら男が元就の父親であるということを知り、この携帯にかけてきたと言うのだ。 予想だにしない、あまりに現実味のない内容だった。 『詳しくは分からねぇが、でもまぁ…酷かった』 「……そうか、分かった」 『病院の名前、言うぞ』 言われた場所を記憶にとめ、礼を言って電話切ってからも、しばらく動けなかった。 早く元就に伝えなければならないが、どう説明すればいいか分からない。 気付いた時には、心配そうに顔を曇らせた元就が側に立っていた。 「どうかしたのか?顔色が、」 「…元就、落ち着いて聞いてくれ」 なるべく刺激的な言葉を避け、ゆっくりと事情を伝えた。途中、表情も体も強張っていくのがわかって思わず体を支えようと腕を伸ばしたけれど、元就はしっかり最後まで黙したまま話を聞いていた。 そして最後に、どうするかを尋ねた。 「…行く」 「わかった。行こう」 決めてからは早かった。 急いで少ない荷物をまとめ、事情は隠したまま帰ることを伝えると、母は何も聞かずに笑顔で送り出してくれた。親貞は寂しそうにしていたけれど、もうあの時みたいに泣かなかった。そんな場面でも実感した。たった五ヶ月。その程度で、人は変わる。本人が知らない所で少しずつ、でも確実に。 駅まで車で送ってくれた父はあの日と同じようにやはり無口だったけれど、別れ際元就に、いつでも帰ってこい、と言った。最初は言葉を詰まらせた元就も、しっかりと頷いた。 そして雨が本降りになった頃、発車する電車に乗り込んだ。例によって乗客は自分達二人だけだった。 いつもよりゆっくりとした速さで電車か進むにつれ、雨風はどんどん強くなっていった。そして危惧していたことが起こったのは、乗り換え駅に着いてからだった。 暴風雨の為運転を見合わせ、再開は未定というアナウンスが流れて、停車中だった車両に乗ることも出来なくなってしまったのだ。仕方なく待合室で状況が良くなるのを待つことにしたけれど、雨風はどんどん酷くなっていくように見えた。テレビには天気図や交通情報などが次々と流れ、ただの夕立などではないことは分かったが、あとはただ同じ情報が繰り返されるだけだった。 良かったことと言えばこの乗り換え駅が比較的大きな駅だったことだ。売店や空調の整った待合室には落ち着けるソファもある。 元就はあれからずっと言葉数が少なかった。普段から多くはないけれど、心配になる。父親が倒れたのはまた自分のせいなどと考えているのではないか。 「雨、止まないな」 「……ん」 微かな返事と共に、肩に元就の頭が寄り掛かってきた。そのせいで表情は見えない。寝ているのかどうかも分からなかったが、それを確かめることはせずに視線をガラス窓の向こうにやった。 ざあざあと容赦なく降り続く雨と、ごうごうと吹き付ける風が視界を悪くしていた。 それを見つめていると、今自分達がどこに向かおうとしているのかさえ忘れそうになる。 いっそこのまま、どこか誰も自分達を知らない場所へ行けたらいいのに。 それを口にしたら、元就は一緒に来てくれるだろうか。 けれど…。 その時、心の声に答えるようなタイミングで、膝上の手に元就のそれが重ねられた。 行き着く場所が何処であろうと、この手を離さない |