“お前が好きだ”


元親の真摯な眼差しに動きを奪われた元就はただ成す術なく呆然とした。繁った夏草を揺らした夜風が髪を乱す。そしてタイミングを計ったかのように今宵のメインイベントである花火が打ち上がり、漂った静寂を破った。元親の視線を追うようにして見上げた空に次々と美を争うように咲いた花火は小さいながらも華やかに夜空を彩り、この世界を少しだけ明るくしたように見えた。その一瞬で弾けて消える花火に、元親と出会ってから起こった出来事が重なって思い出された。
初めて言葉を交わした日のこと。名前を呼ばれた時のこと。何もかもを打ち明けたこと。泣いたこと。笑ったこと。
それを過去と呼ぶにはまだ早過ぎる。
ならばどれだけの時が過ぎれば、過去として区切りが付くのだろうか。
なくしたものは大きい。そして決して取り返しがつかないものだ。そんな辛い過去は消すことも、かと言って忘れることも出来ない。
けれど、それでも、人は生きていける。
そう思えたのは、目の前の元親と出会ったからだ。


「すげー…綺麗だったな」


それは永遠に続くようにも、ほんの一瞬にも感じられる時間だった。気付けば花火は終わり、晴れていた夜空に白い煙が漂うだけになっていた。
何も言えないでいると、元親は困ったように眉を下げて笑った。


「ごめん…困らせるつもりはなかったけど、失敗した」


帰ろうか、と背を向けて歩き出した元親の服の裾を無意識のうちに掴んでいた。何をする気なのか自分でも分からないまま、振り返ろうとするその背中に体を寄せ、顔を隠すようにして拒んだ。するとそれを察したのか、大きな背中は再び前を向いた。
元親の匂いがする。
頭が、体が、心が熱を上げ、おかしくなりそうだった。


「…同情だ、それは」
「同情でキスしたいとか思わねーよ」
「…それに、男だ」
「別に性別で恋する訳じゃない。お前だから…元就だから、好きなんだ」
「……愚かだ」


元親も、そして自分も。
もう、何も言えなかった。
どうしても離せないのだ、この手を。
きっと、それが答えだ。
ふっと元親が笑う気配がした。


「何とでも言え。俺はお前が嫌だと言っても離れていかない。ただ、それを知って欲しかった」
「…何を言えばいいのか、わからない」
「いいよ、それで」


これは兄に対する敬愛や親愛と似ているけれど違う。友愛でも、まして過去を知った同情でもない。この感情を正確に表すことが出来るような言葉が見当たらない。初めての感情に、まだ戸惑っている。
望むことも許されないと思っていた。与えられることなど決してないと思っていた。けれど心の底ではきっとずっと欲していた。
元親を悲しませたくない。笑っていて欲しい。もっと知りたい。離れたくない。触れていたい。
彼の感じる全てが、自分に影響する。
これを何と呼ぶ?
本当はもう、分かっているくせに。
この感情の正体が、元親と同じものだということは。


「結局りんご飴買えなかったなぁ」
「……すきだ」


思ったよりもすんなりと、それは声になった。
きっと難しくしていたのは自分自身で、本当はとても簡単なことだったのだ。
元親に出会うまではこんな気持ちも、それを言葉にして伝えることがこんなにも幸せだということも、知らなかった。


「え…元就、今なんて…?」


振り返ろうとする元親の体に手を回してぎゅっと抱きしめる。ばくばくと鳴るうるさい心音が伝わってしまうけれど、顔を見られるより良かった。今自分がどんな顔をしているか、想像がつかない。
その手に元親のそれが重なった。そして指が絡め取られ、優しく体から剥がされる。まるで魔法にでもかけられたかのように逆らうことが出来なかった。元親が振り返り、覗き込むようにして顔が迫るのを感じて思わず目を閉じた。頬に添えられた手が熱い。首筋に、唇の感触。体がぴくりと反応するのも無視するように鎖骨、握った手の甲、そして額へとそれは降りてきた。


「元就」


初めて聞くようなその響きに、思わず目を開けてしまった。瞬間、続く言葉を直接口移しするように口付けられた。唇の柔らかさや形まで、全てを確かめるようにゆっくり、じんわりと。実際はほんの数秒だったが、まるで時が止まってしまったかのように感じられた。
ようやく唇が離れると、そのまま元親に強く抱きしめられた。


「ごめん…嫌だった?」


胸に顔を預けたまま、何も言えずにただ頭を横に振った。すると更に力が込められ、自然と腕をその背中に回した。夏の夜風に乗って、遠くの祭囃子が聞こえた気がした。


「俺…元就が好きだ」
「…っ…」
「すげー好き」
「……うん」










今感じているもの、これをきっと幸福と呼ぶのだろう。
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