神社から離れた誰もいない公園にたどり着くと、元親はようやく掴んでいた元就の手を離した。あれからどうやってここまで来たか道程はほとんど覚えていなかった。とにかく荒くなった呼吸と気持ちを整えようとしたが、背後から同じような呼吸が聞こえてはっとした。反射的に後ろを振り向くと、肩で息をしていた元就と目が合い、気まずさから思わず足元に視線を落とした。そのまま重たい沈黙が漂う。
今元親にあるのは、後悔によく似た罪悪感だった。


「…俺が怖いか?」


思わず口から転がり出た言葉は夏の夜風に乗った。聞くつもりはなかったのに、と思っても今更取り消すことは出来ない。
けれど、元就は勢いよく首を横に振った。


「…これからお前を守る為なら俺はきっと、また同じ事をする。それでもか」
「…元親が傷付いてまで守る価値など…」
「あるよ。元就が受ける痛みなら、俺は喜んで全部引き受ける」


そして元就に向かう暴力を全力で否定する。
それは紛れも無い元親の本音だった。それで例え自分の体が傷付いたとしても構わない。そう思った。もう二度と、同じ過ちは繰り返したくはない。
あんな思いは、もう…


「…何が、あった」


また一人思考に嵌まっていた元親の頬に、ひんやりとした手が添えられていた。元就の瞳がまっすぐに元親を捉えて離さない。
ざわっと一陣の風が吹き抜けた。


「…ダチがいたんだ」


元就の瞳に促されるようにして、元親は語り出していた。ぽつぽつと、過去と呼ぶにはまだ生々しい記憶の全てを。








「俺がまだ親貞くらいの時、背も小さくて泣き虫でさ…想像出来ねぇだろうけど、よく女の子みたいって言われてたな。そのうえ銀髪で片目だろ?よくいじめらた」


公園の片隅にあった木製ベンチに座り、無理をしたような笑みを浮かべながら語り始めた元親に、元就はただ視線を向け続けた。


「でもそいつは助けてくれた」


元親の友人。
きっととても大切な友人。
遠くを見るような目で地面を見つめ続けていた元親は、そこでふっと息を吐いた。


「中学生になると背も伸びて仲間も沢山出来た。けど今度はそれが悪目立ちしたのか、よく因縁つけられて絡まれてさ…あんなのは喧嘩じゃない。俺にしてみれば、いつも正当防衛だった…」


語尾を引きずりながら眉間に皺を寄せた元親の、その痛みに耐えるような姿に、元就は自らの胸がひどく痛むのを感じていた。


「俺のせいで、あいつまで傷付けたことがある。俺と仲が良かっただけで、ただ一緒にいただけで、標的になった」


ぐっと元親の膝の上で拳が握られ、元就は思わずそれに手を重ねた。はっとしたように視線を向けられる。それでも視線を逸らさずに、ただ手を強く握った。硬かった元親の表情が少しだけ緩み、そして続けた。


「そんな事が続くと怖くなった。だから逃げようとした。馬鹿な俺は、自分からあいつに言ったんだ。もう友達じゃねぇって。お前みたいに弱い奴は嫌いだって…ヒデーだろ?」


自嘲の言葉と視線を受け止めた元就は、何も言わずにただ、元親を見つめ続けた。


「でもな…あいつは笑った。そして俺に言ったんだ。俺はお前を許す。だからお前も自分を許してやれ。そう、言ったんだ。それで目が覚めた。信じるって難しいよな…他人も、自分も」


そこまで言うと、全てを話し終えたように元親の体から力が抜けた。そして今まで地面の一点を見つめていた視線が、今度は夜空へと向けられた。元就も自然とそれを追って空を見た。晴れた夜空に浮かぶ夏の星座がはっきりと見てとれた。


「あいつのお陰で、最後まで友達でいられた」


思いがけない言葉に、元就は隣の元親へと視線を転じた。空を見上げ続けるその横顔に、哀惜のような陰りを見た気がしてあらゆる衝動が体を駆け巡ったが、続いた言葉に息を呑んだ。


「死んだんだ」


朝になっても起きて来なかった。突然死。そんなありふれた理由であっさり居なくなった。
そう続けた元親は、ようやく元就を見た。射抜くように真っ直ぐ。そして重ねていた手を強く握り返した。


「俺は一度逃げた。だからもう、二度と逃げたくない」


ぽろっと、元就の瞳から涙が溢れ出た。
自分だけではない、元親も同じように、どうしようもない痛みや苦しみを抱えて生きてきた。きっと今の今まで、一人で。
けれど、その過去が今の元親をつくったのだ。
関わった人間を放ってはおけず、当人と同じ痛みを感じ、押さえ付ける力には抗う。
時に迷いながら、けれど正直に。
そう、今なら全てが分かるような気がした。


「元就」


今度は元親の手が頬に添えられた。親指の腹が涙を拭っていく。
海のような瞳が、元就だけを映していた。


「お前が好きだ」










遠くで一発の大きな花火が夜空に打ち上がり、二人を照らした。
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