目蓋を透かして届いた薄い明かりを感知して、元就は緩やかに覚醒した。見慣れない天井を見つめ、現状を思い出すと同時に夢の残滓が消えていく。久しぶりに家族四人でいた頃の夢を見ていたような気がしたけれど、それだけだった。
首に巻いていた包帯を直そうと身体を起こすと、身体の痛みや怠さが随分と軽くなっているのを感じた。この跡も恐らくそれと分からない程に良くなってくれているだろうと思いながらベットから出ようとした所で足元にある存在に気付き、脳がやや遅れ気味に理解する。床に敷いた布団の上で寝ているのは、自分がそこで寝ると言って譲らなかった元親だった。それだけで胸がじんわりと熱を持ち始め、放っておけばいつまでも見つめてしまいそうになるその寝顔から視線を引き剥がし、起こさないように窓の方へと移動した。
開いている窓から早朝のひんやりとした空気を肺に取り込む。空は薄らと白み始めていた。また新たな一日が積み重なったという実感が、そっと胸に落ちた。
ふと、何かが視界を横切った。
何なのかとよく見てみれば、元親の弟が一人でどこか―恐らく海の方へ走って行く所だった。
元就は考えるより先に部屋を抜け出して、その後を追っていた。
道路に出ても車や人影はなく、まるで消すタイミングを逃したかのように街灯が明かりを点していた。今更ながらパジャマ姿であることに気付いた元就だったが、構わず足を進めた。
そして、昨日元親と一緒に海を見た場所でその人物を見つけた。
堤防の上に立ち、こちらに背を向けてじっと海を見ている。一体どうやってと思っていると、昨日は気付かなかった場所に階段を見つけた。更に近付いてみると、気配に気付いたらしい背中がばっと勢いよく振り返り、まともに目が合った。親貞は余程驚いたのか、そのまま固まってしまった。よく見れば首からラジオ体操と書かれた紙をぶら下げている。元就がそれを懐かしい思いで見ていると、今度は何故かそわそわし始めた。


「…あ、あれね、おとうさんのふねだよ」


突然の予期せぬ言葉に、親貞が指差す先に視線を転じると、ちょうど一隻の船が沖へと出て行く所だった。昨日対面した海の男らしい父親の姿が浮かび、何故この時間にこの場所に来たのかという疑問がそれで簡単に解決した。


「かっこいいな」
「うん!」


それから昨日の人見知りが嘘のように打ち解けたような話し方をする親貞と共に船が小さくなるまで見届けていた元就の目に、水平線から太陽がゆっくりと顔を出す光景が飛び込んできた。それは感嘆の息を漏らさずにはいられない美しい光景だった。
と、堤防の上に座り込んだ親貞が不意に振り返る。逆光ではっきり見えない上に、ちょうど元親の隣に並んだ時と同じような高さに顔があり、元就は思わずどきりとした。まだあどけなさを残している所は元親の寝顔に良く似ていた。


「もーりさんは、おにいちゃんのことすきなの?」


空気を吸い込もうとしていた元就は、思わず咳込んだ。あまりの突拍子のない質問に、動揺を隠しきれない。しかし当の本人はいたって真面目な顔をして答えを待っている。窮した答えの代わりに、君は?と質問で返すと、すぐに年相応の屈託ない笑顔が浮かんだ。


「おにいちゃんもおとうさんも、つよくてやさしいから、だいすきだよ」


そんなことを聞いたことがそもそもの間違いだったと、元就は苦笑せずにはいられなかった。それは本当に自然で当然の言葉だった。
けれど結局はぐらかされたことに気付いていない様子の親貞は、満足したように立ち上がると、一度振り返って海を見てから堤防を降りようと足を踏み出した。
瞬間、その身体が、ぐらっと揺らいだ。


「危ない…!」


元就は咄嗟に目の前の身体を抱き留め、自分の方へと引き寄せていた。そのまま後ろに倒れ込みそうになるのを何とか堪え、尻餅をついただけで難を逃れた。腕の中の親貞もどうやら無事のようだった。びっくりした…と言いながらも、何か失敗をしてしまった時のような困ったような笑顔が浮かんでいる。


「ありがとう、もーりさん」


心臓が、大きく揺れた。
さっきから予想外の言葉ばかり聞いていたけれど、それはまるで頭を殴られたかのような衝撃だった。
じわじわと胸に痛みが広がっていく。
心にあまり馴染まない言葉。
けれどとても大切だとわかる言葉。
今まで、兄に対してありがとうと言ったことはあっただろうか。考えたこともなかった。
あれからずっと“どうして”と“ごめんなさい”ばかりだった。
しかし命を犠牲にしてまで自分を守ってくれた兄に言わなければならなかった言葉は、本当は“ありがとう”じゃなかったのか…


「ないてるの?」


その心配そうな声で、元就はようやく自分が涙を流していることに気付いた。親貞の小さな手が頭を優しく撫でてくれている。それで一瞬、まるであの頃の自分に慰められているかのような錯覚に陥った。


「いたいの?」


首を振る。胸は痛みを訴えるけれど、そうじゃない。すると今度は、


「かなしいの?」


それに再び首を振って否定した。痛いとも、悲しいとも違う。今感じるのは…


「じゃあ…さみしいの?」


元就は泣いた顔を隠すように頷いていた。
そう、きっと、ずっと、寂しかった。










昇った太陽の光りが二人の体を包み込んでいった

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