あれから元親の母親に半ば強引に一番風呂に押し込まれた元就は、元親に借りたパジャマに着替えると、その羞恥に堪えられずに思わず顔を覆った。中学生の時使っていたというそれは、それでも元就の身体には大きく、まるで元親に抱かれているような感覚に陥ってしまう。こういう時、やはり自分は華奢なのかと自覚する一方で、元親が規格外なのだと文句を言いたくもなる。
悔しさとも羨ましさともつかない、そんな複雑な気持ちを抱きながら暗い廊下を歩き出した時だった。不意に、毛利君、と呼ばれてその場に立ち止まった元就は咄嗟に自分の首元をタオルで隠していた。
前方の居間の入口から顔を出した元親の母親が眉をひそめたのが分かり、鼓動が早くなるのを感じた。


「もしかしてそれ、元親のせいなの?」
「え…?」
「あの子と誰かの喧嘩かなにかに巻き込まれたんじゃないか、って意味よ?昔から友達の事になると喧嘩っ早いから、もしかして…」
「違います…!これは…日差しに弱いもので」


突然の予想していなかった言葉に、咄嗟に思いついた嘘でごかすと、母親は少しだけ表情を緩めてそれ以上詮索するような言葉は重ねなかった。


「そう…ごめんなさいね。でも、少し驚いたわ。あなた達があまりに正反対だから。今までにないタイプのお友達ね」
「…そう、ですか」
「だから嬉しいのよ。元親は根は優しいんだけど、見目がああだから…色々と誤解されやすいみたいで」
「彼はとても、大切な…友人です」
「…ありがとう。あ、あの子にはああ言ったけど、自分の家だと思ってゆっくりして頂戴ね。まぁ、この辺りは海しかないけれど」
「あ…はい。ありがとうございます」
「あと髪はちゃんと乾かして寝なさいね。おやすみ」
「…おやすみなさい」


優しく微笑んで、母親は居間に戻って行った。すぐに食器を洗う音が聞こえてきて、元就はようやくほっと息をついた。
また嘘をついてしまったけれど、今のはきっと必要な嘘だったと思う。
それよりも“友人”“喧嘩”という言葉に引っ掛かりを覚えた。自分の知らない元親の過去に、それらに関する何かがあったような、そう思わせるような響きがある気がした。
そして“自分の家だと思って”という言葉。内心では動揺してしまったけれど、気付かれなかっただろうか。
明るくしっかり者で優しい母親に、背格好が元親によく似ていて、口数は少ないけれど行動で優しさが伝わってくるような父親。そして久しぶりに会ったらしい元親にべったりだった弟。
ほんの数年前のことだ。そこには父がいて、母がいて、兄がいて、自分がいた。今のこの元親の家のように。
そこには自分の絶対的な居場所があった。
けれど今はもう手の届かない遠くに行ってしまったそれらを、ただ紛れもない過去の形として、もう二度と元の形に戻ることはないという現実として、受け止めなくてはならない。頭でそう理解していても、心ではまだ完全に割り切れていなかったのかも知れない。
いい加減に踏ん切りをつけろ、と誰かに言われた気がした。


「元就?どうした?」


階段から現れた元親に一瞬、兄の姿が重なって見え、元就は息を飲んだ。
もしかしたら兄に導かれてここまで来たのかもしれない。
元親の生まれ育った場所に。
知らないことばかりが詰まった場所に。


「何でもない」


様々な想いが混ざりあって、心が静かに揺れた。










人一人の過去は、全て知るには膨大すぎる

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