春に出たばかりの実家は、元来た道を戻り、大きな道路を渡ってすぐの住宅が立ち並ぶ一角にあった。
突然帰郷した息子を出迎えた母親は絶句した後、久しぶりの再会を喜ぶでもなく、すぐにマシンガンよろしく文句を浴びせかけた。


「何であんたはいつもいつも事後報告なのよ!」
「あぁーはいはい、すいません。つーか盆には帰って来いって言ってなかった?」
「帰る時は連絡しろとも言ったわよ」
「まぁ…色々事情があったんだよ。あ、で、こいつは同級生の元…毛利。まぁ夏休み終わるまでには帰るからヨロシク」
「ちょっとあんた…!」
「初めまして、毛利です。ご連絡もせず突然お邪魔して申し訳ありません。ご迷惑とは思いますが、よろしくお願いします」
「あら、まぁ」


元就が優等生振りを遺憾無く発揮したお陰で、今まで怒り心頭といった様子の母親はたちまち笑顔になって機嫌を良くしたようだった。そんなこんなでようやく玄関を突破して家に上がると、そこは静けさに包まれていた。聞けばどうやら父親は漁帰りで仮眠中、今年小学生になったばかりの弟は近所に遊びに出掛けているらしい。変わらない日常がそこにあることを確かめた元親は、元就と共に二階にある自室へと向かった。
机と漫画しか並んでない本棚、それにベットが一つ。整然とした部屋は母親がまめに掃除をしてくれているらしく、以前より綺麗に保たれていた。窓を開けて扇風機を回すと滞留していた空気がゆっくりと循環されていく。首を巡らせて部屋を眺めていた元就をベットに腰掛けながら手招くと、少し間を開けて隣に座った。


「元就って年上キラーっぽいよな」
「何だそれは」
「相当気に入られてたぞ」
「…元気な人だな」
「いやいや、うるさいだけだって」
「それは…母親だから、」


その言葉にはっとして元就を見ると同時に元親は息を飲んだ。
いつの間にか部屋に差し込んだ夕陽の毒々しい程の赤が、元就の全身を覆っていたのだ。
まるで血の海に飲み込まれ、そのままどこかへ連れて去ってしまうかのような光景に、思わず両手を伸ばして元就を抱きしめた。


「…どうした?」


その問いに、すぐには何も答えられなかった。
言葉にするのも憚れるような情けない思いが昨日の出来事を想起させて、息が苦しくなる。感じたのは紛れもない恐怖だった。
しばらくして、その沈黙を破るように窓の外からカナカナというひぐらしの寂しげな鳴き声がした。


「…あの時、初めてお前の現実に直面した気がして…助けてって言われたのに、やっと本音が聞けたのに…あの男がいるなんて思わなかったんだ。間に合わなかったらどうしようって、すげぇ…怖かった」


どうにもならないことがあることを、実感した。想いだけじゃ人は助けられないということを。息が止まれば人は死ぬということを。
頭で理解していたことと実感したこととの間には、大きな隔たりがあった。


「…意識を失う前、これでようやく死ねるのかと思った。怖さはなかった。ただ、元親のことが頭に浮かんで…少しだけ寂しかった」
「…少しかよ」


思わず拗ねたような情けない声が出て、苦笑した。それから詰めていた息を吐き出すと、元就の手がシャツの裾を掴んだのがわかった。


「でも今は…お前の悲しむ顔は見たくない。死んだら、泣くのだろう?」
「当たり前だ。そんなの絶対許さねぇ。どこまでも追っかけてって引きずり戻してやる」
「…本当にやりそうだから怖いな」


ふっと、元就が少しだけ笑ったような気配がした。こんな会話をしながら笑うなんて、と考えると可笑しくなって元親も笑った。





その後、夕食の席で父親は自分が捕ってきた魚を勧めたりして、突然訪問した息子の友人である元就を不器用ながらも歓迎しているらしかった。弟の親貞は人見知りをして、ちらちらと元就を気にしながらも大人しくしていた。久しぶりのちゃんとした食事に、元就も箸が進んだようで元親は安心した。
元就の包帯や長袖には誰も触れず、和やかながら距離を保つような食卓だった。










笑うことができる、それは幸せなこと

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