また同じような雨だ、と思った。
ただ、前と違うのは家に着いてすぐに元就が目を覚ましたことだ。以前のように熱が出なかったことも幸いだった。けれど食欲はないようなので、コップを握る手に力が入らずに落としそうになるのを支えながら時間をかけて沢山の水分を取らせ、痛み止めの薬も飲ませた。それから服を脱がせ、お湯で濡らしたタオルでゆっくりと全身を拭ってから薬を塗り、ガーゼや包帯を巻いていく。後頭部に瘤、腕や足には切り傷や内出血、左の脇腹は腫れ、そして首には紫の跡。新しく出来たそれらがはっきりと分かってしまい、力の抜けきった華奢な身体は見るに堪えられなかった。今まで見た中で、一番酷かった。


「花火、残念だったな」
「……」
「まぁ雨じゃ仕方ねーけど…予報はあてになんねーな」


首に包帯を巻きながら呑気な話をしてみても、元就はずっと黙ったままだった。
昼前、いつもの時間になっても元就は家にやって来なかった。嫌な胸騒ぎがして窓の外を見た時、ちょうど雲の多い空から雨粒が落ちて来た。その次の瞬間にはもう、走り出していた。何もなければそれでいいと思った。けれど、最悪の想像が現実になってしまっていた。


「俺の田舎じゃ祭といえば盆にあるもんだったけどな…まぁ規模が全然違うけど」


初めて対峙した元就の父親は、想像よりずっと人間くさかったように思う。だからといって憎さは変わらないし決して許されるものではない。けれどあんなに脆くて不安定だとは思わなかったというのが本音だった。間違いでなければ最後に元就の名前を呼んだ声も、あまりに弱々しかった。元就が父親を信じ、存在しない罪を背負い続ける理由の片鱗が分かってしまった気がした。恐らく父親も出口を求めて苦しみもがいている。だからあの時、きっと話し合える、そう思った。けれど正直、これが間違いではなかったという自信はなかった。
ずっと“死にたくない”が“生きたい”に変わればいいと思っていた。だから元就がそう望んで言葉にしてくれたことは嬉しかったけれど、同時に思い知ったのは目の前のことも危うくしてしまう非力な自分だった。
俺に一体何が出来た?
何も、何一つ出来なかった。
もっと方法があったかも知れない。なりふり構わずするべきことがあったかも知れない。こうしてまた元就が傷付く前に、もっと何か出来ることが。


「…元親?」


考える内に手が止まっていることに気付かなかった。今まで俯いていた元就が顔を上げ、その目と目が合う。心配そうな表情でこちらを見つめるその視線に堪えられず、それを避けるように頭を下げた。


「ごめん…いつも遅くて。俺、結局何も出来なかった」
「…そんなことはない」


伸びてきた腕に頭を抱かれ、弱々しい力で身体が引き寄せられた。思わずその背中に腕を回す。細いけれど、弱くはない。そして決して強くもない。
この悪夢みたいな現実の中、元就はそれでも生きたいと言った。こんな頼りない俺の手を取ってくれた。


「…元就」


この先どんなことがあろうとも、必ず目の前の存在を守る。生きて欲しい。笑って欲しい。幸せを沢山知って欲しい。そして失いたくない。
元就という存在が、心から愛しい。
今この瞬間、名前を呼び合う声も、無力な自分達の存在も、この世界から隔絶されたような小さな部屋にちゃんと生きている。誰に知って欲しい訳ではない。俺達は呼吸をして、名前を呼んで、一人では歩くことが辛いから、だから二人で、ただ生きている。
今までこんなに生きていることを意識したことなどなかった。色々あって田舎を出たけれど、ただ何となく毎日を漫然と過ごしていた。あの日、元就の家に行かなければ、その秘密に触れなければ、そう思うと怖かった。苦しくても辛くても何度泣いたとしても、今こうして元就と一緒にいることには変えられない。
いつの間にか、理由になっていた。
目の前の首筋に顔を寄せると、どくどくという命の音がした。そこへ包帯の上から唇を這わせる。ひくっと反応をした身体を抱きしめる腕に力を込め、ゆっくり、優しく、万遍なく、唇を寄せた。時折くすぐったいのか、元就は身体を揺らした。


「…元親」


戸惑った声で名前を呼ばれ、夢中になりかけていた意識と身体を戻した。そして微かに開いていた唇に触れるようなキスをした。最近では気付けばいつも目で追っていた。こんな時に自覚してしまうとは、とも思う。けれど同時にそれはもうほとんど自然な行為に思えた。
驚きに固まっていた元就の頭を撫でながら、眠れそうか?と聞くと、躊躇いがちに小さくこくんと頷いた。


「…いっしょがいい」
「うん、俺も」


持て余した熱は無視した。手を繋いだまま、元就はすぐに眠りに落ちたようだった。そう、今は眠ろう。せめて楽しい夢を見よう。そう願って元親は目を閉じた。










数時間後、晴れた空にいくつもの花火が上がったことを二人は知らない

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