しばらくその場に立ち尽くしていた元親は、窓ガラス越しに聞こえるゴロゴロという音よって我に返った。空一面の雨雲は低くく、雨が勢いを増したようにも思える。そんな外の様子を呆然と眺めながら、今にも雷が落ちそうだとか、まるで台風でもやって来そうだとか、そんなどうでもいいことばかりを考えた。そうやって呆けた頭に、けれどすぐに舞い戻ってきたのは先程の元就のことだった。初めて見た、あんな生気がまるでない死んだような人間を。自分が想像していたよりも遥かに深刻な事態だったことを知る。それは火を見るよりも明らかだった。そうやって今だに混乱した頭を左右に振って、思った。とにかく元就を追わなくては。聞きたいことが、話したいことが沢山ある。何より一人にしておけない。今はこうして後悔している場合ではない。そうしてようやく図書室から飛び出して辺りを見回したけれど、当然そこにはもう元就の姿はなかった。
それからは手当たり次第、学校中を探し回った。空き教室、トイレ、保健室。まさかと思いながら屋上にも来てみたけれど、やはりどこにも元就を見つけられなかった。上がりきった呼吸を整えながら、酸素の足りない頭をフルに使う。今はまだ授業中。ならば教室には戻っていないはず。そう考えた時、遠くの空に稲光が走った。それで弾かれたように一気に階段を駆け下りた。最近コンビニで買ったビニール傘を乱暴に掴んで、雨の中へ飛び出した。








右手に持った安価なビニール傘は、もはや気休め程度にしか元親を雨から守ってはくれなかった。あまつさえお気に入りのスニーカーは既にぐちゃぐちゃで、まるで邪魔をするかのように走りにくい。もどかしい思いをしながら、けれど懸命に走って大声で元就の名を呼んだ。その声に答えてくれることを期待してではない。ただそうせずにはいられなかった。昼下がりとは言え、この雨だ。車は通っているけれど、歩いている人は少ない。外にいなければ家を訪ねてみなければと思った。そうして学校から元就の家までの道のりも半ばを過ぎた時だった。ようやく、それらしき人影が目に止まった。


「元就!」


そこは、砂場とブランコだけしかない、誰からも忘れら去られたような小さな公園だった。その片隅、雨ざらしの木製のベンチに傘もささずにただ一人で元就は座っていた。俯いた顔は髪に隠れ、伺い知ることは出来なかった。学校から濡れ続けたのだろう、薄手の制服が体に貼り付いている。震えるでもなく何をするでもなく、元就はただ、そこにいた。


「元就…」


公園の入口からベンチまでの少ない距離をゆっくりと歩いて近付き、声をかけても、僅かな反応さえ示さなかった。


「…風邪、ひくぞ」


そんな元就の正面に屈み、膝をついて傘をさしかけた。そうやって近くで見ても、生きているのか死んでいるのか、それさえ判断がつかなくなるような、そんな姿だった。どうしようもなく胸が痛んだ。そして再び押し寄せた自責と後悔。本当に、どうしようもない。
もう一度、名前を呼び掛けようとしたその時だった。


「…にい、さん…?」


俯いた顔がようやくゆっくりと上がった。その目と目があったにも関わらず、元親は元就が自分を見ていないような感覚をおぼえた。そしてその表情や頼りない声にあるものは喜びなのか、悲しみなのか、苦しみなのか。その全てなのか、はたまたそのどれでもないのか。元親には分からなかった。けれど、


「…死にたい…」


それは強い雨音に掻き消されることなく、元親の耳へと届いた。雨に濡れた頬に、その瞳から溢れた涙が伝った。


「…お、まえ…なに、言って…」
「……殺して…ください…」


息を、飲んだ。衝撃が全身を駆け巡り、元親の全ての働きを奪っていった。


「…お願い…連れていって…」


途端、ふっと気をやったように傾いだ元就の体を、咄嗟に抱き止めることが出来た。腕の中でぐったりとした体は小さくて冷たくて、けれどその中に、微かに体温を感じた。もう何もかも、分からなかった。感じるのはただ、痛い、悲しい、どうして、どうして…


「…っ」


元親は次々と込み上げてくる涙に声を殺しながら、加減も出来ずにその弱々しい体を抱き締めた。そのうちに嗚咽が止まらなくなったけれど、誰かにそれを聞かれることはなかった。
その傍らで、本が雨に濡れて、死んでいた。










冷たい雨は二つのちっぽけな体に容赦なく降り続ける。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -