「お前の悪いくせだ」


一限が終わって伸びをしていた元親に、そう言ったのは出会って2ヶ月ちょっとの友人だった。すぐにその言葉の意味を理解した。政宗は昨日のことと、ついさっきのことを言っているのだろう。今朝、遅刻ギリギリに元就と共に登校したことが教室中の視線を集めたことを。それを元就は気にしている様子もなかったし、元親も普通に席に着いたのだが、前席の友人に眉を寄せられたのだ。確かに、その言葉を否定出来なかった。しかしこうも聡いものかと思わず苦笑いをして、元親はわざとらしくとぼけてみた。


「おいおい、いきなりだなぁ」
「……まぁ何があったか知らねーし、知りたくもねーけど」
「…ひでー」
「それがいつも正しいとは限らないからな」


政宗なりに元親のことを心配してくれた上での言葉であることは、言われなくてもわかった。昨日の保健室でのやり取りだって、そうだとわかっている。ただやっぱり、あの泣きそうな顔が頭から消えない。ちらっと元就の後ろ姿に目をやる。もう夏を思わせる程に暑くて周りは全て半袖だというのに、その中で異質に長袖の制服を着込んでいる。その意識は手元で開かれた本にあり、誰も寄せ付けない雰囲気がここにいてもわかる。


「…あぁ…分かってる」


視線を元就に向けたまま答えると、諦めたような溜め息が聞こえた。
誰も知らないあんなものを抱えているなんて、端から見ていれば全く分からない。しかし確実に隠されている秘密。そしてそれには理由がある。それが問題なのだ。だから放ってはおけない。その上、きっと偶然にでも、それを知っているのは本人と俺だけなのだから。俺はよく後先考えずに本能に従うような行動をする。大抵失敗してここまできたけれど。


「理由がさ…あんだよ」
「…まぁ、お前位しか話す相手いなさそうだしな」
「まぁまぁ、妬くなよ政宗くん」
「fuck!」


聞き慣れた汚い言葉を流して、机に突っ伏せば今すぐにでも再び夢の世界へと旅立てそうだった。とにかく今朝は早起きしたから仕方がない。昨日マンションの前で別れてから、今朝合うまで変わった様子は多分なかった。寝坊したみたいだったが、それだけ。ああいうのは性に合わないが、四の五の言ってられない。元就が一体何処で傷が作るのかを、早く突き止めなければ。あの時見た限りでは、新しいものと古いものが混在していた。恐らく一度や二度のそれなんかではなく長期的なものだ。あれ以上何もなければそれが一番いい。けれど、可能性があるならば…


「…ん?」


その時、ふと気付いた。ガバッと体を起こし、再び元就を見る。今はその背中しか見えないが、確信してしまった。


「あっ…!」
「もうお前本っ当に面倒くさい」


政宗の言葉は耳に入らなかった。どうして今まで気付かなかったのだろう…考えれば不自然だったはずだ。鈍器で殴られたような衝撃に、ただそんなことばかりが浮かんだ。
あぁ、そうだ…。俺はまだ、元就の笑った顔を見ていない。









時計はてっぺんを回って、待ちに待った昼休み。最近通うようになった屋上に、快晴の空にはおおよそ似合わない重たい空気が漂っていた。元親の隣(正確には微妙な間隔をあけて)に座った元就はパンをかじりながら、その意識を片手にある本に注いでいたが、元親はそれを全く気にせずに一人で話続けていた。


「お前それだけ?」
「見るな」
「もっと食えよー細いんだし」
「うるさい」


なんだかな、と思う。これではまるで、葬式後の食事みたいだ。端から見れば面白い不自然さだろう。確かにこうして一緒に昼飯を食べるのは初めてだ。ダメ元で元親が誘うと、意外なことに元就はついてきた。それは教室内であれ以上注目されたくなかったからだとか、それともただの気紛れかもしれなかったが、とにかく。立ち入り禁止の屋上に連れ込んでも、何も言わなかった。そこでこの毛利元就という人間のイメージは、自分たち周りが勝手に抱いていただけのものではないかと思った。もしかしたらもっと違う、本当の元就の姿があるのかも知れない。真っ青の空には、真っ白な雲がゆっくりと流れていた。


「元就の趣味は?」
「……」
「俺はバスケと音楽かな。あ、読書とか?」
「…別に」
「いつも何読んでんだ?」
「…小説」


一応、会話にはなっている。未だ手元の本から目を離さないが、しかし文字を追っていなかった。それに気付かないふりをして、元親は質問を続けた。


「どんな話?」
「…海を見たことない少年が…一人で海を見に行く話」
「ふーん…面白い?」
「…あぁ、違う世界に行ける」


それはどういう意味だ、と思う。そう言って本を閉じた元就は、海に似た色の空を眩しそうに見つめた。その横顔があまりに儚げで、抱いた疑念は心の中に落ちたままだった。










それから元就は、自身も海を見たことがないのだと言った。
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